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2020年7月 4日 (土)

映画から浪曲へ:その(2)

浪曲全盛期の典型的な浪曲映画、『母の瞳』(安田公義監督、1953年)について忘れないうちに触れておきたい。これは当時人気絶頂の浪曲師、伊丹秀子が語りを務めてヒットした同名のNHKラジオ番組をもとに作られた映画だから、まさに便乗企画と言えるだろう。

そのうえ、当時の大映には三益愛子が悲しみの母を演じる「母もの」のシリーズがある。この2つを組み合わせたら当たらないはずがないというわけ。驚くのは冒頭に伊丹秀子が出てきて浪曲を歌う。

それから「あなたたちの物語ができましたよ」と『母の瞳』の脚本を手にして隣の部屋の親子に声をかける。三益愛子演じるおさよはサーカスの団員で、盲目の娘たま子(松島トモ子)を育てている。ある港町でサーカスの公演中だが、そこでは偶然におさよの女学生時代の同級生である伊丹秀子の浪曲の会が開かれていた。こうして伊丹は実名で映画に出てくる。

もちろん中心となるのはおさよの物語で、その港町にはさらに偶然にたま子の実の母親の美津子(入江たか子)が料亭を開いていた。たま子に会った美津子は、たま子の首にかかったお守りを見て自分の娘だと知る。美津子は貧しかった時代に娘をあるおさよの両親に預け、おさよは両親の死後に引き取っていた。

美津子はなんとかたま子を引き取ろうとサーカス団に通う。おさよは動揺し、空中ブランコの最中に失敗して落ちてしまう。死ぬ間際のおさよは自分の瞳を娘に使ってくれと言い残す。母の瞳をもらったたま子の両目は開き、美津子が育てることになる。

ここに物語を書くだけでコテコテだが、これに時おり伊丹秀子の浪曲が聞こえるのだからたまらない。たま子の目が開く時は本当に涙が出てしまう。日本映画史にはまず出て来ない映画だが、浪曲もの+母もののテッパン作品なのは間違いない。戦前大女優だった入江たか子はこの頃は化け猫映画に出ているはずだが、ここでは一途に子供を思う料亭の女将を演じて、いい感じ。

考えてみたら、成瀬巳喜男の『鶴八鶴次郎』(38)で2人が演じる新内も語りものである。長谷川一夫が歌い、山田五十鈴が三味線を弾く。同じ成瀬の『歌行燈』(43)は花柳章太郎演じる能役者の話だが博多節が重要だし、溝口健二の『残菊物語』(39)は歌舞伎役者の物語だが、常に語りが伴う。戦時中に監督たちが逃れた「芸道もの」は、ひょっとしてどれも語りものだったのではないが。

あるいはサイレント期の弁士の存在も含めて、日本映画史には「語り」が大きな役割を果たしたのではないか。浪曲映画を見ながら、そんな大げさなことを考えた。

 

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