加賀乙彦『荒野を旅する者たち』を読む
1971年に出た加賀乙彦の小説『荒野を旅する者たち』を読んだ。「新鋭書き下ろし作品」と銘打たれて新潮社から出た箱入りで、当時の値段は950円。私はアマゾンのマーケットプレイスで送料込みで約700円で買ったが読んでいないのか中身は新品同様だった。
なぜ今頃そんな本を読んだかと言えば、このブログで「追憶のアメリカ館」シリーズを読んだ武田潔さんから「パリ国際学生都市に住む日本人留学生を扱った小説」として教えてもらったから。実は加賀乙彦はこれまで一度も読んだことがなかった。
加賀乙彦は私が高校生の時からよく読んだ辻邦生と同じ1957年にフランスに留学している。ほかにも福永武彦や中村真一郎、加藤周一といったフランスに留学したかフランス語に堪能な小説家や評論家が好きだったので、加賀乙彦を読んでも不思議ではなかったが、なぜか機会がなかった。
さて読みだして困った。実に小さな活字の2段組のうえ、改行が少なく数ページ続くこともある。主な登場人物は7、8人いて、3、4人が話者として登場し、なかには精神病患者の独白も混じるので、何の話かわからなくなる。
そのうえ、第一章で結末というか、現代の様子が書簡体で載せられていて、第2章から過去に遡る。フランス語部分は「愛シテルワ」という具合にカタカナ書きで、数頁続くこともある。つまり長さも文体も構成も書き方も、プルーストに始まる「現代小説」の実験を踏まえているので、文学から遠く離れた現在の私には本当に読みづらかった。
それでも最後まで読んだのは、やはり日本人留学生たちのパリが描かれていたから。主人公の宇都宮可知は精神科医で20代後半にパリ国際学生都市の日本館に住み、最初はバイオリンを学ぶ機織萌子と付き合うが精神に異常を来たしたハーフのジゼルに心変わりする。萌子は菱田啓吾と付き合い始めるが、可知が忘れらない。
啓吾にはエレーヌと呼ばれる妹の英理子がいたが、彼女はフランス人のルシアンと付き合っていたのに別れて東大助教授で既婚の井尻と付き合う。ルシアンはジゼルに手を出す。日本館には画家の相場亮一もいたが、彼は精神障害で可知が面倒を見ており、暴力事件を起こして強制入院させられる。
ほかにも何十年もパリに住んでいる日本人が何人か出て出てくる。読みながら、ああこんな人いたなと思い出がよぎる。1984年秋からの1年間に何人か画家と会ったが、NHKのパリ支局に勤めている妻に食べさせてもらいレストランには必ず醤油を持って行く画家とか、ディジョンに住んで日本語を教えている画家とか、1年間パリにやって来て毎日美術館に行っている日本の美大の教授とか、そんな人々を思い出すのは楽しかった。
とりあえず、今日はここまで。アメリカ館についての記述もあったので、後日また書く。
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