映画『呉清源』を再見
私の学生が12月に開催する「中国を知る」映画祭の準備で、田壮壮監督『呉清源~極みの碁譜~』(2006)を学生と一緒に見た。この映画は新聞社時代に配給への出資を頼まれて、銀座の試写室で見て以来だった。
当時見た時「映像美はすごいが、一般観客にはわかりにくいのではないか」と考えて出資を断った。今回見直して、その「わかりにくさ」が少しわかったような気がした。
呉清源(ご・せいげん)と言えば、中国出身の囲碁の名人として、私も名前に記憶があった。これは題名通りその伝記映画だが、どこかタガがはずれている。冒頭に2004年の本物の呉清源の映像が出てくる。夫人と共にくつろいだ雰囲気だ。
それから少年時代の呉清源と母親(シルビア・チャン!)が出てくる。日本から来た瀬越(柄本明)が、日本に留学するよう勧めている。すると1935年になり、いつの間にか青年になって日本にいる呉清源(チャン・チェン)が現れる。日本への帰化を勧められて悩む呉清源は、いったん中国に戻り母と会う。
結核で倒れて富士山の近くの療養所に行って過ごすかと思うと、恋人の日本人と結婚する。あるいは徴兵検査を受けて不合格になる。ときおり現れる囲碁の試合は暗い照明で絵画のように美しいが、おおむねどちらが勝ったのかもわからない。それでも山の中の宿の一戦で盟友・木谷實が途中で倒れるシーンはすさまじい。
いつの間にか妻と共に新興宗教・紅卍会にのめり込む。戦争の存在は防空壕に入る時くらいしか感じない。広島の原爆さえも、そこで碁の名人戦をしている瀬越らの部屋の窓が突然壊れてわかるだけ。
戦後になっても紅卍会から別れた璽宇教に打ち込む。日本棋院から脱退するが、読売新聞が支えて勝ち続ける。そのうち、赤ちゃんが生まれたり、交通事故にあったり。不遇な時期を経て海の見える家でゆったりと過ごす晩年の呉清源。1984年にはホテル・オークラで引退式が行われる。
途中でなんども字幕が出てきて呉清源の一人称で説明が加わる。それでもわからない。映画はあくまで彼の内面のドラマだけを描き、外のできごとを説明しないから。それでも彼が最後に「自分には真実と囲碁の二つしかない」と言うと、そうだろうと確信する。とにかく、これほど碁石が荘厳で光り輝く映画は見たことがない。碁石を置く音だけで、世界が変わったかのようだ。
監督の田壮壮は第五世代の中で最も才能があると言われていたが、チェン・カイコーやチャン・イーモウに比べて地味すぎる。私自身も彼を「でん・そうそう」と呼んでいて(陳凱歌=チェン・カイコーをかつて「ちん・がいか」と言ったように)、「ティエン・チュアンチュアン」とは呼ばないのだから。今はどうしているのだろうか。
昔、アジア映画に詳しいフランス人の映画評論家の講演の通訳をして、「ティエン・チュアンチュアン」が誰かわからなかったことを思い出した。会場からの「でん・そうそうですよ」という声に助けられた。昔の恥ずかしい記憶は、こんな感じでふいに立ち上がる。
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