『グッバイ、リチャード!』に考える
『グッバイ・リチャード!』の予告編を見て、余命半年と宣言された大学教授の話と知り、ぜひ見たいと思った。しかもそれを演じるのがジョニー・デップだから。数年前からか、私もだんだん健康の心配をするようになった。同世代で急に亡くなった知り合いも複数出てきた。
私もある日突然医者から「あと半年の命」と言われても、何の不思議はない。とりわけ若い頃に肝臓を悪くしたのに、酒ばかり飲んでいるし。映画では冒頭に医者と向かい合うジョニー・デップ演じるリチャードが出てくる。「治療をして1年、うまくいけば1年半、何もしなければ半年」と言われる。
リチャードは何もしない。きっと治療を受けるに違いない私はハラハラするが。リチャードは自由に生きようとする。と言っても、大学の授業を本音でやり、大学の同僚に言いたいことを言い、家族にも正面から向かい合うだけだが。
さて、妻と娘に打ち分けようとすると、娘はレズだとカミングアウトし、妻には不倫をしていると告白されて、言いそびれてしまう。結局伝えたのは同僚のピーター(ダニー・ヒューストン)だけで、家族にも大学にも知らせずに破天荒で自由な行動に移る。
まず、文学を教える教室で「C判定でいい者は教室を出てかまわない」などと言って、大教室から多くの学生を追い出す。私は見ていて、これはやってみたいと思った。残ったやる気のある10数人を集めて中庭で自由に発表させる。あるいは居酒屋に移動する。さらに学生からヤクを調達する。しかし最後には将来の生き方をきちんと指し示す。
自分の妻と不倫している学長室に乗り込み、脅しで来年度の研究休暇(サバティカル)を勝ち取る。さらに学期末の夕食会で学長を馬鹿にするが、きちんと筋は通す。告白しそびれた妻や娘とも最後は向き合う。
残念なのは、あまりにジョニー・デップばかりに焦点が当たり過ぎで、周囲の人物が生きていないこと。個性的な学生揃いなのに、学長の姪とを除くと個人の顔が見えてこない。学長もピーターもほかの同僚もワンパターンで生きていない。妻と娘ももっと存在感が欲しかった。監督はウェイン・ロバーツという若手。
映画としては中くらいだし、舞台となった大学はアメリカの小規模な金持ち向け私大という感じで私の環境とは大違い。それでも50代の教授の余命半年宣告は人ごとではなかった。
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