トロント型に向かうか、東京国際映画祭:その(1)
東京国際映画祭から8月6日に発表されたリリースに驚いた。コンペを止めるというのだから、1985年に始まって以来の大改革である。そればかりではない。従来のコンペ部門とアジア映画を集めた「アジアの未来」と日本の若手を見せる「日本映画スプラッシュ」を統合して「東京プレミア2020」とし、「観客賞」だけを設けるという。
大きく分けると、国際映画祭にはコンペありとなしがある。カンヌ、ベネチア、ベルリンはもちろんコンペありで、トロントや釜山はコンペなし。東京国際映画祭は1985年の設立時から「東のカンヌ」を目指し、コンペを映画祭の中心に据えてきた。そして当初から「国際映画祭がわかっていない」「ディレクターがいない」「映画会社の寄せ集め」と批判されてきた。
私は第2回の1987年から通っており、いつも不満だった。1992年の「レンフィルム祭」に始まっていくつもの映画祭を自ら企画し始めたのも、「東京国際」ではダメだと思ったのが理由の一つだろう。2000年あたりからディレクター制を打ち出し始めたが、依然としていい作品は集まらず、国際的な認知度は低かった。後にできたコンペのない釜山に明らかに追い越された。
私は大学に移ってしばらくしてから、毎年東京国際の批判記事を朝日新聞デジタルの「論座」に書いている。以前に比べたらディレクター、つまりコンペを選ぶ矢田部氏やアジア部門の石坂氏の位置も明確になったし、私が提唱した1年分の日本映画をまとめてやるべきとか、クラシックの復元特集をやるべきとかという意見も実現していった。
ところが「コンペはいつもコンセプトが不明で、欧米作品は二流のうえに世界初上映が揃わない」「コンペの邦画はおかしい」「アジア部門は必要ない」といった根本の批判は伝わらなかった。私は改善案としてアジアを中心にしたコンペにするか、コンペをなくすかしかないと提案してきたが、今回突如として2番目の案が実現した。
これは東京国際の35年の歴史を変えるものだ。プレスリリースを読む限り、コロナ禍で国際審査員が集まらないのが理由のように読めるが、審査はオンラインでも可能なはず。これはコロナ禍を利用した根本的な方針転換だと思う。前のトップだった椎名保氏は私がコンペをなくしたらと言った時に「それはこれまでの先輩方の歴史を否定することになるからねえ」と語っていた。
コンペなしで「観客賞」にするのは、トロントや釜山を評価する是枝裕和監督の案だった。彼は映画祭のトップが変わるごとに毎回その案を渡していたという。だからその案がようやく採用されたと見るべきだろう。
今回の大改革については、また後日書く。
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