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2020年9月17日 (木)

『わたしは金正男を殺していない』に震撼する

10月10日公開のドキュメンタリー映画『わたしは金正男を殺していない』を試写で見た。邦題からしてセンセーショナルを狙った感じがしたが(原題はAssasins=「犯罪者たち」でシンプル)、監督のライアン・ホワイトは『おしえて!ドクター・ルース』が抜群に面白かったので見たいと思った。

結果は期待以上だった。2017年2月のクアラルンプール国際空港での金正男暗殺については、当時大きな話題になったので覚えている。現在のトップの金正恩の異母兄である金正男は、2001年に成田空港で違法パスポート所持で逮捕された時に日本ではお馴染みの顔(太り気味で気のいいヤクザ風)になったが、あのように殺されるとは思わなかった。

その後使われたのはVXガスで、実行犯はインドネシアとベトナム出身の20代の女性だったことが明らかになった。狐に包まれたような話だったが、インドネシア出身の女性が釈放されたニュースは記憶がある。その時は既に国際面の小さな扱いだった。そうしてこの事件は私の中で(そしてたぶん大半の日本人の中で)忘れられていった。

ところがこの映画は、2人の足跡を丁寧に追う。インドネシア人のシティ・アイシャはジャカルタ郊外の貧しい農家の出身で、小学校卒業後ジャカルタの縫製工場で働いた後にクアラルンプールで風俗関係の仕事をしていた。ベトナム人のドアン・ティ・フォンも農家の出身で、18歳でハノイの大学に進むが仕事はなく、モデルや接客業をしていた。映画は彼女たちが育った村を見せ、家族に話を聞く。

2人は別々に日本のテレビのためのハプニング映像を撮る仕事を紹介され、高額のそのバイトを何度かした後に、薬を塗った両手で知らない人の顔を覆うハプニングを命じられる。1人が終わるともう1人が同じ行為を繰り返し、トイレに手を洗いに行く。金正男は直後に異常を訴え、警察に助けを求める。

空港のビデオには、このすべてが写っていた。さらに空港のあちこちにいた暗殺を指示した北朝鮮チームの姿も捉えている。マレーシア当局は現場にいた数名を含む8人のリストを発表したが、うち4人はその日のうちに高麗航空で出国し、残りも平壌のマレーシア大使館員9名と引き換えに出国した。

映画は女性2人のSNS投稿やあちこちの監視映像、各国の映像(日本のテレビも多い)を駆使して、これが綿密に計画された暗殺であることを示す。裁判の過程を伝える中で、2人の弁護士たちの姿が印象的だ。彼らはマレーシア人だが、何事も恐れずに事件を解明しようとする姿に嬉しくなる。マレーシア人やアメリカ人のジャーナリストの発言も理解を助ける。

2年たってシティに続きドアンも釈放される。獄中生活で次第に友人となった2人は大きな心の傷を負いながら、ぞれぞれの田舎で静かに暮らしている。地元のSNSでは非難されながら。

一番驚いたのは、北朝鮮が中国やロシアだけでなく、マレーシアやベトナムともある種の外交関係を維持していることだ。平壌にマレーシア大使館があるなんて思いもよらなかった。それからアメリカの情報収集能力もすごい。CIAは金正男から情報を得ており、トランプ大統領もその事実を知っていたというのだから。

見ながら夢中になってしまい、見終わって改めて震撼した。この映画は今年一番のドキュメンタリーかもしれない。最近のロシアの神経剤による反体制派殺害や中国の新疆ウイグル自治区の迫害を考えてみても、共産主義は今ではとんでもない犯罪を巻き起こす土壌となってしまった。

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