『テネット』をどう見るか
ようやく劇場でクリストファー・ノーランの『テネット』を見た。この監督は新作が出るごとに大騒ぎになる。確かに『インセプション』(2010)や『インターステラー』(2014)は衝撃的だった。この2本に比較すると『ダンケルク』(2017)はだいぶ常識的な作品に見えたが、それでも3つの時間の重なりはおもしろかった。
そして今回の『テネット』は、それほど見た目の「凄さ」を見せつけない。見ている間は絶えず緊張を強いられて疲れたが、終わってみると何だったのかとも思う。でもどこか第六感的なところががピリピリむずむずする。
この映画のわからなさは2つある。1つは物語がわざと複雑すぎるように作られていることだ。最初はキエフ国立オペラ劇場のテロの場面だが、そこで現れるCIAのエージェント「名もなき男」(ジョン・ディヴィッド・ワシントン)の役割が既にわからない。テロリストと特殊部隊のどちらでもなく、「プルトニウム214」の回収を任務とする。
それからインドのムンバイ、ロンドン、オスロ空港、イタリアのアマルフィ海岸、エストニアのタリンと目まぐるしく移り変わる。なぜ「名もなき男」がそこにいるのか、何が任務なのかもわからない。ムンバイからニール(ロバート・パティンソン)が部下になるのだが。とにかくストーリーがするりと頭に入ってこないように作られている。
いつの間にか過去に戻っており、周囲の時間は過去に向かうのに自分は普通に動く。格納庫に激突する飛行機も、カーチェイスもみんな後ろ向きに動いてもとに戻る。そこにエントロピーや素粒子などの言葉が入る。過去に行くタイムマシンはいいのだが、周りと自分が時間を逆に進むとは。この2つ目のわからなさは哲学的だ。
確かなことは、これらのわからなさに明らかに「意図」があること。だから最初から最後まで映画に見入ってしまう。そして挙句の果てにポイと投げ出される。いったい何だったのか。
ちょうどこの前に『ミッドウェイ』を見たばかりで、その見ればすべてわかるアメリカ映画的な作りと対照的で、見てもわからない何かを残す映画だった。しかし、どうももう一度見る気になれないのはなぜだろうか。
数字を見たら、最初の土日で興収は3億円を超えている。席が半分でこの数字だとこれから全席を使えるので20億円は越すだろう。デジタルではなくフィルムで撮ることにこだわっているのに、クリストファー・ノーランはまさに21世紀の監督という気がする。
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