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2020年9月18日 (金)

「MANGA都市TOKYO」展に考える

国立新美術館で11月3日まで開催の「MANGA都市TOKYO」展を見た。正確に言うと六本木に行ったついでに「のぞいた」に近い。副題の「ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム・特撮2020」でわかる通り、私には「お呼びでない」内容だから。そのうえこれまた「日本博」マークがついているので、例の幻のオリンピック関連企画だろう。

だいたい「日本博」のロゴがあるものは、「古典×現代2020―時空を超える日本のアート」展もおもしろくなかった。同じマークの「KIMONO」展はそれなりだったが、現代の着物展示はどうかと思った。そもそも外国人のウケを狙って日本人が「これが日本です」と打ち出すものは、当然ロクなものはない。

さて「MANGA都市TOKYO」展は、MANGAとTOKYOとローマ字表記を2つも使っている時点でセンスが悪すぎる。「トーキョーのマンガ、ワンダフル!」と小池都知事がつぶやいているような感じか。

もともとこの展覧会は、2018年の「ジャポニスム2018」でパリのラヴィレットで開催された「MANGA⇔TOKYO」展の帰国展という。もちろん向こうでローマ字で書くのは普通だろうが、この展覧会の肝はまさに⇔にあると、この帰国展を見て思った。

つまり、チラシの文章のように「日本のマンガ・アニメ・ゲーム・特撮は、都市<東京>の特徴や変化を、鏡のように映しだしてきました」。つまり私でも知っている作品で言えば、映画『ゴジラ』(1954)から漫画『あしたのジョー』(67)やアニメ(その前に漫画)『AKIRA』(88)を経てアニメ『君の名は。』(2016)まで、漫画やアニメはいわば東京を主人公にしてきた。

確かに日本の映画や小説を考えると、このような「東京集中」はないように思う。そして海外のオタクは、それらのマンガやアニメを見て、東京に憧れてきたという次第。

会場はそのビジョンを生かすべく、真ん中に巨大な真っ白の東京の1000分の1の模型がある。会場に入ると手前が東京湾で奥が武蔵野の感じで、暗い部屋に真っ白な東京の密集したビルが見える。奥には大きなスクリーンがあって代表的なアニメやゲームが投射されている。その光で東京の街が浮かび上がる感じ。

その巨大な立体地図を取り囲むような3面の廊下に展示がある。「破壊と復興の反復」「東京の日常」「キャラクターVS都市」の3つのテーマに合わせて、漫画の原画やアニメの一部が展示されている。

漫画やアニメに愛着のない私には「参考資料」として数点あった広重の《江戸名所 吉原桜之図》や明治時代の《浅草公園凌雲閣之図》などの木版画との比較がおもしろかった。美術館なので、この部分がもっとあったらより重層的な楽しみ方ができたのにと思った。

いずれにせよ、東京がなぜ漫画やアニメの中心的なテーマだったのかという深い疑問を私の中に残した。そして⇔でわかる通り、東京自体が漫画的、アニメ的だったのかとも考えた。その自己愛的な構造と若者の保守性は結び付くのかもしれない。

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