『鵞鳥湖の夜』を楽しむ
中国のディアナ・イーナン監督の『鵞鳥湖の夜』を満員の劇場で見た。一席ごとに空けるのではなく、本物の満席だった。この監督は『薄氷の殺人』(2014)がすばらしかったので期待していたが、今回も十分に楽しんだ。
この監督は同じ中国の巨匠、ジャ・ジャンクーや若手のビー・ガンと同じく、闇の世界に生きる男女を描く。しかしジャ・ジャンクーのように歴史性や精神性に迫ったり、ビー・ガンのように存在論的に記憶や夢を追ったりではなく、闇の世界を物語的にも視覚的にも楽しませてくれる。
雨の夜、ケガを負った男、チョウ(フ―・ゴー)のまえに現れたのは、妻ではなくボーイッシュな女、アイアイ(グイ・ルンメイ)だった。彼女はチョウに煙草の火を借りる。そして映画は2日前に戻るが、ホテルの地下に大勢のチンピラが集まりバイクを盗む講習を受けているシーンに圧倒される。まるでフリッツ・ラングの『M』(1931)みたいだ。チンピラたちが内輪揉めで逃げるうちに、チョウは警察を殺してしまう。
チョウは賞金付きの指名手配となり、知り合ったアイアイを使って妻にお金を残そうとするが、二人は愛し合ってしまう。もともとアイアイは「水浴嬢」と呼ばれる鵞鳥湖の海水浴場の娼婦だった。
警察もチンピラ集団のようだが、彼らから追われるチョウは掘っ立て小屋のような住宅が続く迷路に逃げ込む。そして銃があちこちに放たれ、何人も死んでゆく。半分以上が夜のシーンで、赤や青のネオンに闇の世界がきらめく。怪しげな海水浴場の女たちとそれを仕切るチンピラ、夜の動物園など、どのシーンもいい感じに仕上がっている。
意外なラストまで、たっぷりアクションと映像を楽しむことができる。チョウ役のフー・ゴーは草刈正雄のような美形だし、警察トップを演じるリャオ・ファンは『薄氷の殺人』にも出ていたが、豊川悦司を思わせる。さてグイ・ルンメイは『薄氷の殺人』とずいぶん印象が変わったが、往年の山口百恵のよう。とにかく俳優たちに存在感がある。
見終わった後、私は「鵞鳥湖」はどこにあるのかとネットで調べた。ところが検索しても出てこない。これは「中国南部」の架空の場所だった。実際に撮影されたのはあのコロナ禍で有名になった武漢市内という。大阪と同じ800万都市のはずだが、映画にでてくるのはどこも怪しげな場所で、問題だらけの人々しか出てこない。ちょうど方方の『武漢日記』を読み始めたこともあり、いろいろ考えた。
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