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2020年10月19日 (月)

『スパイの妻』をもう一度見る

ベネチア国際映画祭で銀獅子(監督)賞に輝いた黒沢清監督の『スパイの妻』は既に試写で見ていたが、蓮實重彦さんが「朝日」で「傑作である」などと書くと、また見たくなった。それに気になる点があった。

この映画は1940年代に神戸で貿易会社を経営する福原(高橋一生)が満州で日本軍の実態を知り、それを極秘で国際的な場に訴えようとする話である。つまりはスパイの物語だが、題名の「スパイの妻」の聡子(蒼井優)は中盤でそれを知り、夫を助けるどころかいつの間にか操り出す。

私がもう一度見たいと思ったのは、いつから聡子の変貌は始まったのか、ひょっとしてそれは最初からだったのではないか、すべては聡子の陰謀だったのではないかという気がしたからだ。

だから今回は最初から聡子に注目していた。しかし彼女はあくまで従順な妻以上の顔を見せない。唯一、9.5㎜で夫が聡子を撮影しているシーンでは、彼女が実に真剣にやっている様子が異常なくらい。もう1つは夫の満州出張中に偶然に幼馴染の憲兵分隊長・津森(東出昌大)と偶然に会い、自宅に誘ってウィスキーを飲む姿の積極性が気になった。

そのほかは夫の会社での忘年会の聡子のかいがいしい姿も、夫が帰国して港で抱きしめる様子も、信念を持って生きる夫を愛する妻そのもの。これが変わるのは満州で撮られた秘密の映像を勝手に見てから。映画の中で一度だけ聡子は和服を着て警察に行き、津村に夫のスパイ行為を知らせる。ああ、夫を愛するあまりに何と馬鹿なことをするんだと思っていると、それは計算された芝居だったことがわかってくる。

夫とアメリカに行く計画が破綻したかと思うと、映画はさらに二転三転する。聡子は夫も作戦を練っていたことを知る(これは1回目は感じなかった)。最後はたった2行の文字だけで、戦後の夫や聡子の活躍を暗示する。映画を見終わって、聡子のその後を勝手に想像しながら、時間が過ぎてゆく。蒼井優演じるこの女性の圧倒的な存在感の前に、映画のほかの人物や事件がだんだん遠ざかる。

さて蓮實さんの文章を読み直した。すると間違いを見つけた。憲兵隊に呼び出された時の聡子を「毅然として耳を傾ける和服姿で日本風の髪を整えた蒼井優が、圧倒的に美しい」と書かれているが、呼び出された時は洋服でその後自分から証拠品を持っていく時に大柄の青い花模様の和服を着ていたはず。

夫が作った9.5㎜映画に使われた音楽が『ショウボート』の主題歌だと看破するあたりはさすが蓮實さんだが、山中貞雄の『河内山宗俊』が1936年の映画なのに1940年に上映されていることに、違和感はないのだろうか。当時、4年前の映画を上映するのはあまりないことだと思うのだが。

いずれにせよ、戦後海外で活躍した女性の話を聞くたびに、蒼井優の和服姿を思い出すだろう。

 

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コメント

おこがましいかとは思ったのですが、山中貞雄の件について、ちょうど監督本人の言及を目にしたばかりだったので、引用します。

「山中貞雄の『河内山宗俊』については、最初はあれにするつもりはなかったんです。当時の映画を何か見せたいということで色々当たったんですが、どれも権利料が高いんですよ。脚本では単に二人がニュース映画を見ている、という設定だったんですが、当然ニュース映画だけを見にいくということはないわけで、目当ての映画の前にかかるのを見ている。それなら本編の映画の冒頭も少し見せておきたいと思い、そこは僕が付け加えました。『人情紙風船』は二人が見る映画としてちょっと違うし、『丹下佐膳余話百万両の壺』の冒頭は意外に地味で、最終的に『河内山宗俊』に決めました。日活も格安で使わせてくれましたし、狙いすぎと言われそうだなと思いながらもあれを使わせてもらいました。年代的に舞台となった1941年より少し古いんですが、リバイバル上映も当時はされていましたから。」

文春オンライン(https://bunshun.jp/articles/-/40874?page=6)より。『映画秘宝』にもこの件について言及があったような記憶があります。既にお読みでしたら、すみません。

投稿: 髙橋 | 2020年10月19日 (月) 13時21分

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