« 『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』を読む | トップページ | 初秋の快感 »

2020年10月13日 (火)

『生きちゃった』に息を呑む

石井裕也監督の『生きちゃった』を劇場で見た。この監督は『舟を編む』のような普通の人々の話でも、『夜空はいつでも最高密度の青色だ』のような底辺を生きる若者の話でも、繊細な感情を伝えるドラマに仕上げる力があった。ところが今回はある意味で「殴り書き」に近いと思った。

30歳になった厚久(仲野大賀)は、アマゾンの集配センターのようなところで働きながら、幼馴染の武田(若葉竜也)と将来のために中国語や英語を学んでいる。彼は英語で「妻と娘のために海外と大きなビジネスをしたい」と言う。厚久の妻の奈津美(大島優子)も同じ幼馴染で、3人は仲良しだった。

それから厚久の結婚前の彼女との再会や奈津美の不倫が続き、それが厚久の田舎で引きこもった兄も巻き込んで雪だるま式に悲劇が進む。「半年後」という文字が3回出てくるが、そのたびにとんでもないことが起きる。

見ながら、現代ではありうることだなと思いつつも、誰にも共感できない。不倫をしながら夫のせいにして家を追い出す奈津美がその最たるものだが、優しい厚久の両親も奈津美の母にさえもみんな頑張っているが、自分のことしか考えていない。

何とも情けない奈津美の愛人や勝手に厚久の復讐をする兄は論外だが、主人公の厚久も親友の武田も自分の主張ができず、内側に飲み込む。「本当のことが言えないのは、日本人だからかな」と言いながら。見ていて腹立たしく、最後まで何ともいたたまれない。

この放り出されたような感覚を随所に埋め込みながら、この映画はどのショットも強い衝動が感じられる。両親と刑務所から帰るシーンや田舎のヤモリが写るショットのような、ストーリーとは何の関係もない場面の強度に、思わず息を呑む。この映画では、すべてのカットが生きている。

最初のクレジットから、香港国際映画祭が出資するプロジェクトだとわかる。HPを見ると、石井監督のほかツァイ・ミンリャンなどアジアの6人の監督に同じ予算が与えられ、「原点回帰」と「至上の愛」がテーマだったという。

見るからに低予算でまさに「原点回帰」で、石井監督は現代日本のダメな日本人を克明に描き出した。海外でも公開予定というから反応が楽しみ。

|

« 『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』を読む | トップページ | 初秋の快感 »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』を読む | トップページ | 初秋の快感 »