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2020年10月 9日 (金)

『河内山宗俊』の4K復元版に震える

山中貞雄の傑作『河内山宗俊』の4Kデジタル復元版を試写で見た。月末の東京国際映画祭で上映後、劇場公開される予定だ。これまでのDVDは状態があまりよくなく、特に音が悪い箇所があって台詞が聞き取れないことがあった。

今回の復元版は、まず何より音がいい。全部のセリフが聞き取れる。例えば金子市之丞を演じる中村翫右衛門が、河内山宗俊(河原崎長十郎)と共にお浪(原節子)のために命を捨てる覚悟をする時の言葉「これで人間になったような気がするよ。無駄飯ばかり食ってきた男だったが」とか「これがオレの潮時だ。人間、潮時を忘れると恥が多いと言うからな」という言葉が真に迫ってくる。震えてしまった。

この映画は改めて複雑な構造だと思った。ドラマの元は甘酒売りのお浪の弟の広太郎で、侍の刀の小柄を盗むうえ、料亭で幼馴染のお三千と再会して心中しようとする。小柄強盗からは侍たちの喜劇が生まれ、心中で亡くなったお三千の賠償として森田屋の親分は300両を寄こせと姉のお浪に迫る。

お浪は身売りを決意し、健太(市川莚司時代の加藤大介)は手はずをする。それを知った河内山と金子は小柄騒動を利用して武家連中をだまして300両を手に入れるが、その一方で広太郎は森田屋の親分を殺してしまい、追手が迫る。河内山と金子は楯になって広太郎を逃がし、広太郎は河内山から300両を受け取って姉を助けに向かう。

正直に言うとこれまで見た時には、お浪が身売りを決意する名場面と終盤のアクションシーンを除くと、筋の複雑さと数秒ごとに場面が変わる編集の多さで、途中で意識が飛ぶことがあった。ところが鮮明な画像と聞き取れるセリフがあると、全編画面に吸い寄せられる。

もちろん16歳の原節子=お浪が身売りを決意する場面は美しい。「自分の体と相談しな」と森田屋の子分に言われてうつむくアップ。そこにふいに風船を取りに来る少年。お浪は弟の頬を叩く。手前に弟がしなだれて座り、奥の部屋でお浪は下を見る。その先の庭に雪が舞う。この場面の鐘を使ったアメリカ映画のような音楽が心に響く。

序盤のお寺近くにお店が集まる賑やかな界隈にしても、遠くで歩く人々まできちんと見える。もちろん終盤に河内山と金子が何十人もの敵を相手にする狭い溝での決死の闘いもそれぞれの顔が見える。縦の構図で奥の奥まで人々を配置して的確に動かした山中貞雄の演出の厚みが、今回の復元版で初めてわかった気がした。

この映画は3人の男たちが命を懸けて娘を救うジョン・フォードの『三悪人』を参考にしたとよく言われる。音楽も含めてアメリカ映画がどれほど影響を与えたのか。私が1年だけ授業を受けた故・山本喜久男先生の大著『日本映画における外国映画の影響』を改めて読んでみよう。

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