東京国際とフィルメックスの間を彷徨う:その(1)
前にここに書いたように、今年から東京国際映画祭と東京フィルメックスが同時期の開催になった。東京国際がメインのイベントで、フィルメックスはカンヌの監督週間のように独立した形で同時にやるという。私は以前から同じ東京で1か月あけて2つの国際映画祭をやるのはおかしいと主張してきたので、基本は賛成だ。
しかし実際に開催となると、見る側としては困る。東京国際は「TOKYOプレミア2020」だけで30本あり、フィルメックスには計31本ある。東京国際の「ワールドフォーカス」部門も何本かは見たい。
もちろん私は大学の教師なので、週4日は教えに行く必要がある。それでもこれまでは東京国際のコンペ15、6本は何とか全部見ていたが、30本はとても無理。大手紙の映画記者に聞いてみると、東京国際2人、フィルメックス1人で分担しているという。
こうなると私は、空いた時間帯に気分で選んで見るしかない。とにかく普通に映画館では見られないような作品を中心に、移動時間を考えながら勘で選んで見ることにした。
とりあえず昨日はフィルメックスしかやっていないので、若手監督の作品を3本続けて見た。台湾の『無聲』、フィリピンの『アスワン』、アゼルバイジャンの『死ぬ間際』で、どれもなかなかの力作だった。「読売」の恩田記者が「こういう映画を見ると、いつも見ている日本映画はどうでもよくなる」と言っていたがまさにその通り。
私はこの3本ではヒラル・バイダロフ監督の『死ぬ間際』が抜群だと思った。この監督はハンガリーのタル・ベーラがサラエボに設立した映画学校で学んだというが、確かに自然の描き方にタル・ベーラのような凝視の美学がある。さらに加えてアッバス・キアロスタミのような象徴性というか、摩訶不思議なサインを散りばめる。
映画は青年・ダヴドの1日を描く。母のもとを抜け出し、まだ見ぬ妻と子供を求めて愛を探しに行くわけだが、ある女性をバイクに乗せて出かけると、その女がある若者に馬鹿にされる。怒ったダヴドは銃で撃つが、それを見ていた「ドクター」は若者3人にダヴドの追跡を命じる。
バイクを飛ばすダヴドは、5人の若い女と出会う。父に監禁された女はダヴドの訪問を契機に父を殺す。夫が憎い妻は、ダヴドと仲良くしているのを見られて夫を殺す。花嫁姿の女は結婚式から逃げてきた。亡くなった母を葬る女をダブドを手伝う。夫が戦争に行った女はダヴドに慰められる。ダヴドを追う若者3人は、「ドクター」から彼はもはや「ビッグ・ブラザー」なので追う必要はないと告げられる。
何もない荒れ地に道が一本。遠くに大きな木が一つ。そんな寓話のような風景をダヴドはバイクで進む。出てくる女たちはみんな苦労をしており、ダヴドに助けられる。そして最後に家に戻って母に薬を届ける。女性への幻想をめぐる男の壮大なファンタジーで、いささかマッチョな感じはするが、どの場面も映画らしさが充満している。これは必見。
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