古谷浩一著『林彪事件と習近平』についてもう一度
なぜ林彪(りんぴょう)事件が習近平と結びつくのか。まず、習近平が毛沢東のように独裁体制を作りつつあることだ。2017年の中国共産党党大会では、「党の憲法と呼ばれる党規約には新たに、「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」という長々しい政治理念が盛り込まれた」。
これは毛沢東や鄧小平に比するもので、江沢民や胡錦濤らの名前は党規約に明記されていない。「中国共産党のこれまでの歴史にかんがみて、最高指導者への権力の集中は多くの問題を生じさせるという痛切な反省があったからだ。/特に一九六〇年代に毛沢東が発動した文化大革命は、一〇年にわたって中国社会を大混乱に陥れた」
「中国共産党における最高指導者のポジションは、時代によって変化してきた。毛沢東のときは党主席で、鄧小平のときは中央軍事委員会主席だった。江沢民と胡錦濤のときはいずれも、党総書記、国家主席、中央軍事委員会主席を兼任する形をとった」
これは気づかなかったが、確かに違う。林彪は国家主席を復活しようとしたが、毛沢東はそれに就く気がないので、自分が就任するつもりだったという。習近平は毛沢東のように党主席を復活させようとしたが、「党内には毛沢東時代に回帰する動きに対して根強い反発がある。このため習近平は党主席の復活を断念し、代わりに習近平思想を党規約に明記することで党内の合意を取りつけたという。そのうえで国家主席の任期を撤廃した」
普通に考えると「国家主席」の方が上に見えるが、中国では「党主席」は別格のようだ。そもそもほかの国は大統領や首相なので、これはやはり特殊な国だ。林彪事件はそのポストをめぐる争いだったが故に、習近平と結びつく。
匿名を条件に話をした中国の老学者は言う。「文革によって、中国人は信じるものを失ってしまった。信じるものがなければ、道徳はなくなる。本当の意味で国を愛する気持ちもない。金だけがすべてだ」「どの段階で文革は誤りだと気づきましたか」「林彪事件だ。昨日まで毛沢東の後継者と言われていた人物が、ソ連に亡命しようという。何かがおかしい。あれでもう毛沢東のことも共産党のことも、何の疑いもなく崇拝することができなくなった」
天津社会科学院の院長だった王輝は言う。「中国は今、左(共産主義)にも進むことができず、かといって右に行くこともできない、右とは米国式の民主主義の道です。このまま進んでいかなければ、生き残ることはできません」「(民主化が進めば)中国は四分五裂の道をたどるでしょう。(中略)中国がソ連のように崩壊したら、経済も大混乱に陥るでしょう。かわいそうなのは庶民です。金持ちたちはみな国外に逃げるだろうけど」
ここまで読むと、前にここで書いた楊逸著『わが敵「習近平」』とも結びつく。作家・楊逸氏は文革で人生を滅茶苦茶にされた経験者だ。そしてその体験から習近平を見ている。
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