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2020年10月12日 (月)

『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』を読む

北野隆一著『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』をようやく読んだ。版元は朝日新聞出版だし、書いているのは朝日新聞編集委員で、中身は朝日新聞のこと。いわば「朝日」の公式本のような体裁に見えて普通は読む気がしないが、自分の中でどこか読みたい気分があった。

一つは朝日新聞社は自分が16年半も給料をもらっていた会社であること。お金をもらいながらさまざまな仕事を経験させてもらい、今日の血肉になっている。だからこの会社のことは今でも気になる。

私が辞めた2009年には800万部前後あった部数が今や500部を割ったと言われている。その大きな理由の一つが2014年の慰安婦問題検証記事だった。私は突然何ページも出た記事に戸惑った。こんなものを出したら読者が減る、と思ったら案の定そうなった。なぜこうなったのか理由を知りたいと思った。

もう一つは書いたのが北野隆一さんだから。実は朝日時代に全く面識はなく、教え始めて学生企画の映画祭の取材を通じて知り合ったが、この記者は皇室、北朝鮮拉致、ハンセン病などいくつかの込み入ったテーマを10年以上にも渡って愚直に追い続ける執念の人である。彼が書いたのなら、読もうと思った。

すぐに買ったが、選書で500ページを超す。しばらく積読状態だったが、ようやく読んだ。驚いたのはその網羅的な内容だ。そもそも「慰安婦問題」とは何かに始まって、いつ頃から朝日やほかの新聞で記事が出始め、日本と韓国や米国などで問題となり、その後朝日新聞への批判が始まったかを日付入りの引用に詳細な注付きで克明に書いている。

さらに後半の裁判の記録が圧巻。慰安婦問題が韓国で広まって日本批判が高まったのも、慰安婦像がソウルに始まってアメリカにまでできたのも「すべては朝日新聞から」と国内の右派からの糾弾が始まり、朝日が提訴される。「慰安婦」は朝日の捏造であり、朝日のせいで日本と日本人の名誉が傷つけられた、外国にいて不快な目にあったという主張で、その裁判がいくつもいくつも続く。

幸いにしてこのような「言いがかり」のような訴訟はすべて裁判で退けられるが、その記録を読むともはや朝鮮人の慰安婦がどのくらいいたのか、日本軍の強制であったかどうかという本質的な議論はない。あくまで「朝日新聞のせい」で原告たちの名誉が傷つけられたかどうかという、ある意味でシュールな内容になっている。

驚異的なのは、北野記者はそのすべての裁判を傍聴し、あらゆる発言を記録するのみならず何人の傍聴席に対して何人が集まったかまで書き、さらに原告の集会や記者会見にまで可能な限り参加していることだ。集会では発言を求められたり、入口で追い返されたり。指されると北野記者は「取材です」「勉強になってます」と平気で言う。

この本は今読むとある意味ではうんざりするが、時間がたてば1990年代以降の日本における慰安婦問題をめぐる言説の克明な記録として、貴重な歴史資料となるのではないか。もちろん朝日の立場からの見方とはいえ、あらゆる発言に原典を示す注があり、かなり客観的な文献と言える。今後慰安婦問題について考える人は、学者もジャーナリストも一般の人々もみなが読むべき本になるだろう。ぜひ韓国でも翻訳が出て欲しい。

しかし2014年に始まった一連の裁判で朝日の部数がどんどん落ちたのは間違いない。毎回、各紙やテレビで原告の主張が繰り返され、SNSで広がったのだから。その意味で右派は勝利したと言える。たぶん日本学術会議の任命問題も根底には同じものがある。

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