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2020年10月20日 (火)

ほうじ茶から

今朝、久しぶりにほうじ茶を飲んだ。すると、昨年の6月に亡くなった吉武美知子さんの笑顔が忽然と浮かんできた。1990年代、私はパリに行くたびにフランス映画の買い付けをしていた吉武さんに会った。いつも小さなお土産を持って行ったが、ある時はそれがほうじ茶だった。

翌日、ホテルに電話がかかってきて彼女は「あのほうじ茶、本当にいい香りでおいしかった」と言った。携帯電話が普及していない時代の話だ。「そうですか、神楽坂のお茶専門店で一番高いものだったけど」と答えたが、そもそもほうじ茶は安い。実際は500円、700円、1000円があり、そのうち1000円のものを買ったに過ぎない。

彼女はかつてエトワール広場にあった大丸の日本食売り場や5区にあった「京子」のお茶にあの香りはないと言っていた。当時は年に3、4回パリに行っていたから、そのうち1回は神楽坂のほうじ茶を持っていくことにした。

いつ頃からか、私は秋から冬にかけてそのほうじ茶を飲むようになった。今も同じ値段で消費税が加わって1080円が一番高い。今までこのお茶で吉武さんのことを考えたことはなかったが、今朝、急に出て来た。まるでプルーストの『失われた時を求めて』で、マドレーヌ菓子を食べたら幼年期の思い出が蘇ったように。

その後、吉武さんのお気に入りのお土産は睡眠薬になった。私はある時海外出張前に会社の医務室に行って、睡眠薬を処方してもらった。アメリカ、フランスと地球を一周するのが、不安になったから。最初はそれがよく効いたので、帰国前に残りを吉武さんにあげた。すると、抜群に効いたという。

彼女は時おり不眠が続くことがあり、そんな時に飲むと効果があったという。私はもともとよく眠る方なので、それからは海外出張ごとに医務室で日数分の睡眠薬をもらい、そのまま吉武さんに渡していた。これは5、6年続いたのではないか。

彼女と最後に会ったのは4年前のパリだが、私が借りていた13区のアパートに彼女と親友の京子さんを招いて夕食を作った。その時彼女が持ってきたのは、ずいぶん高級な紅茶だった。その後しばらくは朝、それを飲んでいた。

さて紅茶と言えば、プルーストの小説ではマドレーヌ菓子を紅茶に浸した時に、思い出が蘇る。私は長い間マドレーヌ菓子はそれこそお土産用の詰め合わせ品だと思っていたが、パリの1区の高級レストランで「これを食べたら、プルーストの意味がわかる」と言われて、デザートとして紅茶につけて食べたことがあった。

レストラン自家製のマドレーヌは実にまろやかだった。その店に連れて行き、マドレーヌを勧めてくれたのは、去年11月に亡くなった映画評論家のジャン・ドゥーシェさんだった。思い出は思い出を呼ぶ。

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