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2020年11月 6日 (金)

今さら読む『民主主義とは何か』

例の日本学術会議の任命問題ではずされた6名のうち、宇野重規東大教授だけが「特に申し上げることはありません」と述べていたので気になっていた。本屋には出たばかりの彼の新書『民主主義とは何か』があったので、買ってみた。

この本は古代ギリシアから始まって民主主義の歴史を通観したものだが、読みやすいし発見も多かったのですぐに読んでしまった。実を言うと、一番驚いたのは「共和政」の部分だった。

大統領選をやっているアメリカには民主党と共和党がある。イメージは民主党がリベラルで共和党は保守的だが、デモクラシ―とレパブリックというのとは違うようだ。フランス、イタリア、中国など正式国名に「共和国」=レパブリックが付く国は多い。もちろんこの場合の「共和制」は日本や英国などの(立憲)「君主制」と対立するためにつけられたものだろうが。

さて、この本では「古代ギリシャに生まれた民主政と並び称されるのが、ローマの共和政です」「国家は市民にとって公共的な存在であり、それを動かす原理は公共の利益であるという理念は、この言葉(=共和制)とともに継承されていきます。民主政が「多数者の利益の支配」を含意するとすれば、共和政は「公共の利益の支配」を意味しました。「多数者の利益」はいかにその数が多くても、社会全体からみれば部分利益に過ぎません。これに対し、「公共の利益」は社会全体の利益であるというわけです」

これは難しい。「公共の利益」の名で多くのことが国民に強いられるのが現状だから。ただし「多数者の利益」は今の自民党政権のようなもので、選挙に勝てば何をやってもいいというようにも取れる。

「その後の歴史を考えると、民主主義という言葉はどちらかと言えば否定的な意味合いで用いられることになります。そこにあはつねに「多数者の横暴」や「貧しい人々の欲望追及」という含意がつきまといました。これに対し共和政は「公共の利益の支配」として正当な政治体制のモデルとして語られ続けたのです」

「本書の冒頭以来、民主主義が2500年の歴史を持つことを強調してきましたが、その歴史の大半において侮辱的な言葉だったのです。民主主義が肯定的な言葉として用いられるようになったのは、ここ数世紀のことにすぎません」

「そうなんだ」と頷くことが多い本なので、もう一度書く。ところでアメリカの大統領選はバイデンで決まりだろうか。驚くのは多くの州で接戦だったことで、あの言いたい放題のトランプがこれほど支持されるとは。選挙で負けても訴訟をするのがすごい。「衆愚」は世界に広まっている。

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