昔は映画館でよく寝た
最近、授業で溝口健二監督『雨月物語』について話した時に、自分は大学生の時に寝てしまったことを話したら学生にウケた。最初に見たのは大学1年生の夏休みの時、福岡の「テアトル西新」という今はなき名画座で黒澤明の『羅生門』と同時上映だった。
学生時代に亡くなった金子君と彼の高校時代の友人と3人で見たのではないか。その友人は両方の映画に出ている京マチ子の名前を知っていたのでびっくりした。私はクロサワの名前は知っていたが、ミゾグチさえ知らなかった。
白黒の映画を見るのは初めてだったかもしれない。そのうえ、2本とも時代劇で内容はファンタジーというか、非現実的な部分がある。まるで『雨月物語』で森雅之が京マチ子にたぶらかされるように、私は2本とも途中で寝てしまった。
おそらく映画館主は、ベネチアで1951年に金獅子賞を取った『羅生門』と53年に銀獅子賞の『雨月物語』の2本の大映作品を合わせて、戦後日本映画の海外進出の始まりを見せたかったのだろう。チラシにベネチア国際映画祭の名前があった気がする。まさか20年後に自分がそこに通うことになるとは、考えもしなかった。
不思議なことに、たぶん同じ頃に封切りで見たタルコフスキーの『ストーカー』やアンゲロプロスの『アレクサンダー大王』では寝なかった。普通だとこちらの方が難しくて寝ると思うが。カラーだったうえ、最初からシュールな表現を目指している映画には若さゆえに敏感だったのだろう。
むしろフィルムセンターで見たジョン・フォードなどの方がよく寝た。白黒で当時は日本語字幕がないプリントをアメリカから借りて上映していたと思う。こういうクラシックな作品の方がなぜか物語に入る前に寝てしまった。
今は映画を見る時に全くと言っていいほど寝ない。眠い時は見ないし、試写だと感想を聞かれるから寝るわけにはいかない。大学で古典を学生と見る時も、上映後に学生に説明しようと思ったら絶対に眠れない。映画館で新作を見る時は、映画評などである程度まともな映画を選んでいるから、まあ眠くならない。
誰かが、映画で眠るのはいいことだと書いていた気がするが思い出せない。寝るのも映画の効用の一つだと。確かに暗闇でスクリーンに写る光と影を見ること自体が、夢に近い。書いたのはロラン・バルトかエドガール・モランか、とにかくフランス人が言いそう。65歳になったら映画を教えたり映画について書くことをやめ、全く自然体で映画に接したら、また寝るようになるだろうか。
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コメント
自分も映画を見ていてよく眠ってしまいます。
疲れからくるものなのか、内容がつまらないからなのかは作品それぞれですが上映が終わり、劇場が明るくなって目覚めた時の感覚は嫌いじゃないです。
そういう映画の楽しみ方もあるのでしょうね。
投稿: 伊藤希紗 | 2020年11月22日 (日) 09時26分
もう20年以上前のこと、大井武蔵野館の小津特集に「初期のサイレント作品を観て勉強するのだ!」と意気込んで通い、『学生ロマンス 若き日』などを観ましたが、私も同行の友人も早々に撃沈。起床後(?)に見たあらすじに「三人目の男性、スキー部主将の主将が登場し…」とあり、「えーーー!もうひとりいたの?!」と苦笑しました(←寝ていたので見ていない。日守新一だったらしい…)。小津のサイレントのテンポ、(良い意味で)実に心地よい眠りでした。
(しかし『出来ごころ』にはサイレントを忘れるほど夢中に。ラストは拍手。不思議なものです)
投稿: 定成寛 | 2021年6月 8日 (火) 19時18分