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2020年11月23日 (月)

『パピチャ 未来へのランナウェイ』に泣く

アルジェリア出身のムニア・メドゥール監督の『パピチャ 未来へのランナウェイ』を劇場で見た。1990年代にファッションデザイナーを目指す女子学生ネジュマとその女友達グループを描いた作品だが、後半少し泣いてしまった。

映画としては単純な構造で、女性が職業を持つことを嫌う男性中心の社会でもがく若い女性を描いたもので、彼女を支える母親や女友達がきちんと描かれているのがよかった。第一回長編としては、なかなかの力作。

私は見ながらいくつもの映画以外のことを考えた。一番は1990年代のアルジェリアが「暗黒の10年」と言われた内戦状態にあったことを全く知らなかったこと。その頃私は年に3、4回パリに行っており、現地の新聞も読んでいたはずだが。何も知らずに呑気にパリでアラブ料理のクスクスを食べていた。

中東には女性がヒジャブ(スカーフ)をつけずに外出することを嫌う国は多いが、90年代のアルジェリアでは民主化政権を欧米が支持し、それに反対する武装したイスラム主義者のテロが頻発していた。だから「女性はヒジャブを着けよう」というポスターがあちこちに貼られ、主人公たちがファッションショーの準備をしていると、保守的な中年女性たちが来て邪魔をする。

この映画でも主人公ネジュマの姉はそのテロで玄関前で殺されるし、何とかたどりついたファッションショーには、武装したテロリストが乗り込んで来る。見ていて寒気がするシーンだが、これが90年代の現実だったとは。

もう一つ考えたのは、会話においてアラビア語とフランス語が完全に混じっていること。寮の女性の先生はフランス語しか話さないが、ネジュマたちはファッションのことや政治のことは主にフランス語、日常的なことはアラビア語で話す。大学でフランス語で講義する授業に黒ずくめの中年女性たちが乗り込んで「外国語で授業をするな」と騒ぐシーンもある。

現在においてこの二重言語状態がある国は少ないのでは。フィリピン映画ではいくつかの単語はスペイン語だし、簡単な言葉は英語を使うが、基本はすべてタガログ語などの現地語だ。香港映画の英語も同じくらい。この映画の半分公用語のようなフランス語の使用は、日本統治下の朝鮮半島で作られた映画で日本語と朝鮮語が混じる状況に近いかもしれない。

もう1つ、女性は家庭にいるべし、という考えは今の日本にも根強く残っていて、政治家の発言にも出てくる。そのためのテロはないが、この勢力がいまだに日本女性を縛っていると思うと、この映画に普遍性が出てくる。女性同士の連帯で切り抜けるあたりも現代的だった。

 

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