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2020年11月16日 (月)

『おらおらでひとりいぐも』に見入る

沖田修一監督の『おらおらでひとりいぐも』を劇場で見た。若竹千佐子の原作は3年前に芥川賞を取った時にすぐ読んで大好きだったが、まさかあの中年女性の脳内世界が映画になるとは思わなかった。

小説と違って映画はすべて具体的に場面を見せないといけない。映画化の話を聞いた時、桃子さんから次々に生まれる記憶や独り言や妄想の世界を映画にするのは、いくら予算ががあって難しいではないかと考えた。

ところが脚本も担当した沖田監督は、この脳内をうまく「外部」にしてユーモラスに見せることに成功した。冒頭に宇宙や地球の誕生から人類が生まれて、それが現代日本のお茶の間の桃子に至るCGが出てくる。最初は映画会社のロゴかと思ったくらい。ちょっとトリッキーだが、図書館から本を借りて地球の歴史を学ぶ75歳の脳内にピッタリ。

桃子の妄想は、同じちゃんちゃんこを着て「おらだば、おめだ」(おれはおまえだ)と叫ぶ3人の男たち(濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎)によって表現される。彼らは桃子と一緒に騒いだり、喜んだり。

岩手でお見合いをして結婚させられそうになって逃げ出して上京する場面が、彼女の75歳を祝うディナーショーの中で始まる。蒼井優演じる若い桃子は、東京で最初に入った蕎麦屋で住み込みで働く。定食屋に移って知り合う同僚の山形出身の女性との語らいや、客の岩手出身の客の周造(東出昌大)との出会いが抜群に楽しい。

周造と結婚して子供を2人作り楽しい日々を過ごすが、周造はなくなってしまう。今では子供は寄り付かず、来ると金をせびる。1人で所沢の大きな一軒家に住む桃子は、地球の歴史に打ち込んで時々病院に行く。何度も蘇る記憶と妄想。

75歳の桃子を演じる田中裕子が何とも可愛らしい。もちろん実際より10歳はふけた役だが、毎朝嬉しそうに目玉焼きとトーストを食べる笑顔がいい。そして蒼井優と東出昌大の東北弁が見ていて嬉しくなる。

途中まですごい、すごいと見てきたが、何となく後半そのまま終わった気もする。失速感というか、もっと盛り上げて欲しかったと言うのはないものねだりだろうか。あの魔術のような小説をきちんと映画化しただけでもすごいのに。今度原作をきちんと読んで、映画化の工夫をもう一度検証したい。

地方出身で東京郊外に1人で住む現代日本の75歳の女性の心の中を、これほど細かに描いた映画があっただろうか。それだけでも見る価値がある。

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