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2020年12月23日 (水)

ビュッフェ回顧展に考える

渋谷の映画館で学生企画の映画祭「中国を知る」に通う合間にBunkamuraザ・ミュージアムで「ベルナール・ビュフェ回顧展 私が生きた時代」を見た。このフランスの画家については、長年複雑な思いがあった。

1980年代半ばに私が初めてパリに行くと、美術に詳しいフランス人は日本人を見るとまずビュッフェの話をした。「フランスでの評価はゼロだけど、日本では大人気だってね。だって東京の郊外にはビュフェ美術館があるというし」

私はビュフェと(ジャン・)デュビュッフェの区別さえつかないくらい現代美術に無知だったが、何か嫌な感じがした。フランソワーズ・モレシャンの「フランスでは」という話をまじめに聞く日本人のようなもので、フランスでは評価が低いものを日本で崇めるのをフランス人が馬鹿にするという構造だから。

日本には静岡県に「ベルナール・ビュフェ美術館」があり、2000点を超す作品を所蔵している。今回の展覧会はその所蔵品から油彩76点を見せるものだ。私はその美術館に行ったことはなかったし、それまで百貨店などのビュフェ展も見たことがなかった。しかし彼の版画即売展は、かつてはあちこちで開催されていたし、新聞の通販広告もあったのでどんな絵かは知っていた。

今回まとめて見ると、前半はかなりおもしろい。特に40年代から50年代半ばまでは、人間存在の不安や苦悩を突き詰めた感じがある。誰もいないパリの寒々とした光景は恐ろしい。1948年の《キリストの十字架降下》は、第二次世界大戦直後のヨーロッパの心象風景を宗教画として描いた強烈な作品だと思った。

私にはサルトルが広めた「実存主義」の絵画版のような気がした。1928年生まれだからこの絵は20歳で描いている。まさに「神童あらわる」だったのではないか。ところがその後はだんだんと緊張感がなくなり、彼の刺すような描線のタッチがデザインのように繰り返されてゆく。

50年代に入るとアンフォルメル運動があり、イヴ・クラインのようなパフォーマンス絵画も出てくる。その後には「シュポール・シュルファス」とかそこからでてきたダニエル・ビュランとか、ボルタンスキーのようなインスタレーションも出てくる。

ビュフェはそうした傾向に目もくれず、ジャン・コクトーやジャン・ジオノやフランソワーズ・サガンなどの文学者とつきあう。イヴ・サン=ローランの同性の愛人だったピエール・ベルジェとも深い関係にあったことには驚いた。

そして「実存主義」は流行らなくなるが、彼は1999年に自殺するまで同じような絵を描き続ける。最後まで見ると悲しい気分になった。家に帰って1988年にポンピドゥーセンターで開催された大規模な「1950年代展」の600ページを超すカタログを見たが、彼の絵は一枚もなかった。しかし2016年秋にはパリ市立近代美術館で大きな個展があったので、たぶん今の評価はかなり違うのかもしれない。

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