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2021年1月29日 (金)

『田舎町の春』の描く三角関係

また国立映画アーカイブの「中国映画の展開」に行った。見たのは費穆監督の『田舎町の春』(1948)で原題は『小城之春』。田壮壮監督のリメイク『春の惑い』(2002)で有名な映画で、前から見たかった。

さらに今回見た35年後の『標識のない河の流れ』で、若き日に恋に破れたいかだ乗りの老人を演じた李緯が若い時に出た映画というのも気になった。この映画で李緯が演じるのは、病気の友人・礼言を10年後に訪ねる医師の志忱。礼言から紹介された妻の玉紋は、かつての志忱の同郷の恋人だった。

志忱は16歳の玉紋を残して戦場へ行った。もちろん抗日戦争で、中国のあちこちを回った。医師になり、久しぶりに旧友を訪ねるとその妻はかつての恋人。そのうえ、友人は健康を害して夫婦仲は冷え切っている。志忱は友人宅に滞在するが、玉紋との間で互いに恋心が蘇る。映画は玉紋の独白を交えながら、その葛藤をじっくりと見せてゆく。

玉紋は夫と別の部屋に寝ているから、夜になって志忱が彼女の部屋を部屋を訪ねたり、玉紋も志忱の部屋に行って話し込む。主に行動を起こすのは女で、手を握ったり、電気を消したり、スカーフを口に巻いたり、鍵を閉めたり、蝋燭を灯したり。あるいは昼間に2人は城跡を散歩をする。「もし夫が死ねば」と口にしてしまう。あるいは妹の戴秀を交えた4人の宴会で、2人だけが飲み過ぎる。

夫は自分の16歳の戴秀を志忱に嫁がせようとするので、玉紋は焦り出す。夫はだんだん友人と妻の関係を悟ってゆく。三角関係が四人の関係になりそうなところで、ドラマは終わり志忱は去ってゆく。玉紋は最初のシーンと同じく一人で道を歩く。映画はほとんどが最初から最後まで緊迫する室内劇。4人が小舟に乗って妹が楽しく歌うシーンでも4人の視線劇が痛々しい。

夫に不満の妻が訪れてきた元気な男に惹かれるのは映画ではよくあるが、この映画のポイントは抗日戦争への恨みである。このせいで玉紋と志忱は一緒になれなかったし、その傷跡を一生持ち続ける。そして志忱を演じた李緯は35年後の映画で、恋人と一緒になれなかった文化大革命時代の老人を演じるのだから凄まじい。すぐれた中国映画は、ほとんどいつも歴史を背負っている気がしてきた。

4月から真面目に中国語を勉強しようと思っている。3年前に韓国語を始めて一向に上達してないけれど。

 

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