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2021年1月10日 (日)

急に不安になった

コロナ禍で変わったことは多いが、自分の健康や体調に関していえば飲み会が減ったせいでむしろ調子はいい。私は栄養も十分に取り、身体も動かしているので免疫力が強く、まず陽性にはならない気がしていた。その根拠のない自信が最近揺らいだ。

1つは年末に53歳で亡くなった羽田雄一郎議員のことだ。12月24日深夜に38.6度の熱があり、翌日PCR検査を受ける予約を27日午後に入れた。25日、26日は発熱が続いたが、平熱になった27日に検査に向かう車の途中で「俺、肺炎かな」と言うと意識を失い、すぐに救急車を呼んだが助からなかったという。

これは短いニュースだったが、1月8日(金)の「毎日」夕刊では、同じ立憲民主党議員の小川淳也氏が11月に陽性となり、11日間入院して治癒した話を1ページを使った詳細なインタビューで載せていた。金曜の夕刊は映画評が載るので各紙を買うのでたまたま読んだが、小川議員はドキュメンタリー映画『君はなぜ総理大臣になれないのか』の中心人物なので親しみがあった。

11月16日の夜、議員宿舎で夕食後に37.5度の熱があり、夜中には39度になった。17日早朝に東京都発熱相談センターに病院を紹介してもらったが、症状がある場合は公共交通機関を避けるように言われ、39度の熱で1キロほど歩いたという。検査の結果陽性となり、自宅に戻ると保健所から入院を勧められた。

保健所からその日のうちに防護車両で迎えが来て入院。高熱は1週間以上続き、11日目に退院した。退院して1週間後に倦怠感がなくなったが、言われた通り2週間は外出を避けた。すごいのは19日の夜にツイッターで自分の状況を説明する動画をアップしたこと。「公人として説明する義務がある」と思った。

2人とも私より年下だ。生死の違いはたぶん2つ。発熱の翌日に入院できたかどうかと、羽田氏は糖尿病、高脂血症、高血圧があったが、小川氏は発熱の日の昼間にはスポーツジムに行ったくらい健康だったこと。小川氏は「私がどこで感染したか、全く心当たりがないんです。感染予防に相当留意していたし、宿舎と国会の往復がほとんどで会食も最小限にしていました」

私は大半の授業はオンラインでも、日々学生や助手や事務職員と接し、入試などで大人数の若者と同じ空間にいる。映画館にも美術館にもスポーツクラブにも平気で出かけている。たぶん小川氏より危険度は高い。それなのに、自分は大丈夫だろうと思っている。

とりあえず接触確認アプリCOCOAをスマホにインストールした。普段はあらゆる政府のオススメは受け付けないが、これは教師のような半分公人の義務かもしれないと思ったから。今頃になって、急に不安が始まった。

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