『天国に違いない』の孤独な旅
1月29日公開のエリア・スレイマン監督『天国に違いない』を試写で見た。このパレスチナの監督の映画を見るのは『D.I』(2002年)以来で、この時はフランス映画社の配給なので気合を入れて見たが、正直よくわからなかった記憶がある。
よくわからないながらも、不条理劇のような状況で監督自身が主演して謎のユーモアにしてしまう感じは気になっていた。だから彼の久々の新作と聞いて、見たいと思った。東京フィルメックスで特集もしたし。
今度はよくわかった。いや、あいかわらずわけのわからない話だが、監督が目指すものはビンビン伝わってきた。チラシには「現代のチャップリン」と書かれており、プレス資料では四方田犬彦氏がバスター・キートンに比べている。
しかしチャップリンのような愛と情熱のドラマはないし、キートンのような野放図な運動性もない。これは誰かに似ていると見ながら考えていたら、ジャック・タチだと思い当たった。『ぼくの叔父さん』(1962)に代表されるような、監督が演じるユロおじさんが現代社会で戸惑う毎日に近いと考えたら、急にこの映画がわかりだした。
監督演じる男はパレスチナの自宅で、ノックをしたが返事がないので庭に入りましたという奇妙な男に会う。あるいはカフェで料理におかしな抗議をする客たちを見たり、雨の歩道で「小便が止まらない」という男に傘をさしかける。主人公はいつもカンカン帽をかぶり、紺のジャケットと柄のシャツにジーンズで、一言も話さない(ここもタチと同じ)。
突然パリ行きの飛行機に乗る。カフェのテラスでモデルのようなお洒落な女たちを見て目が舞う。一方で食料の配給を待つ長い列があったり、ホームレスに救急車が駆けつけたり。ヴァンドーム広場のあたりでは戦車が走っており、シャンゼリゼは軍事パレードだ。
そんななか、フランス人の映画プロデューサーからはさんざん屁理屈を聞かされた後に「パレスチナ色が薄い」と断られる。一方でホテルの部屋では小鳥と仲良くなったが、執筆の邪魔になるので追い出す。
次にニューヨークに行く。映画学校で映画監督としてのアイデンティティを問われたり、アラブ・フォーラムで壇上の末席に座ったりするが、落ち着かない。ニューヨークでは黒いコートに黒い帽子。俳優のガエル・ガルシア・ベルナルにプロデューサーを紹介されるが、これもものにならない。
男は顔色一つ変えない。ただちょっと驚いたようにじっと見ている。こうやって見たら世界はこんなに見えるのかと思い始めると、どんどんおもしろくなる。謎だらけの場面の連続が、実はリアルなのだと思えてくる。その意味では何とも味わい深い映画だった。
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