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2021年1月14日 (木)

東近美の常設は楽しい

東京国立近代美術館の「眠り展」の後に、常設展を駆け足で見た。私にとってはここは日本の美術館の常設展で一番楽しい。国立西洋美術館はやはり西洋美術史を見るのは物足りないし、東京国立博物館は大きすぎるし範囲も膨大。東近美は日本の20世紀美術を一望するのにちょうどいい規模。

今回楽しみにしていたのは、12月に新しく設置されたソル・ルウィットのドローイングによるインスタレーション。彼は2007年に亡くなっているが、彼の財団が日本人に指示を出して作られたという。

それは3階から4階にかけての吹き抜けの空間にあった。4階から覗くことができて期待が高まる。3階のその部屋に行くと、3面が真っ黒に塗られて円弧、直線、歪んだ線が規則的に描かれているだけだが、いい感じ。迷宮に舞い込んだような気分になる。1面は外に面し、半分開けたシャッターに見える外の光と木の床の模様も相まって、心地よい眩暈に誘われる。「眠り展」でもよかったかも。

美術館のHPを見たら、制作過程の写真もあって楽しかった。この美術館は空いた空間があちこちにあるので、原美術館でやっていたような常設設置のインスタレーションを増やしたら名物になるのに。そういう恒常的な展示は「国立」は難しいのだろうか。

もう1つ見たかったのは、2階の常設の中のミニ企画展「男性彫刻」。この場所の展示はいつも見逃せない。今回の展示は異様だった。「強い男」「賢い男」「弱い男」という区分で、男だけが並ぶ。彫刻といえば、やはり女性の豊かな肉体を見せるものが多いが、男だけが並ぶと妙だ。

まず、男性器を出すかという問題がある。出さないとリアルではないし、出すとそこばかりが目立つし、それ以前に検閲にひっかかる。どちらにしても「強い男」はロダン風の筋肉隆々となる。萩原守衛の《文覚》(1908)のような男は明治ならいいが、今見ると無理がある。

その意味では「弱い男」が一番見やすい。やはり老人が多い。白井雨山の《たよりなき身》(1912)とか関谷充の《伝五郎老人》(1934)とか、今でも自然に見える。《伝五郎老人》にたぶん唯一男性器をきちんと見せているが、しなだれた感じで横の親指とあまり変わらない。それにしても、ジェンダー的見地からも興味深い展示。

そのほか気になったのは3階奥の戦争画の部屋で、戦争画と共に同じ画家のそれ以前やそれ以降の絵を並べていること。藤田嗣治が1918年に《パリ風景》を描き、44年に《大柿舞台の奮戦》を見せ、再度パリに渡った後の56年に《少女》を描く。肖像画の小磯良平も風景画の向井潤吉も、同時に戦争画が並ぶ。これは心が動いた。前はこういい見せ方はしていなかったのでは。

そんなこんなで東近美の常設は楽しい。3000平米もあるから、普通の企画展の2倍以上だし。

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