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2021年1月 8日 (金)

「河鍋暁斎の底力」展に驚く

東京駅に行ったついでに久しぶりにステーションギャラリーに行った。2月7日までの「河鍋暁斎の底力」展を見るためだが、この展覧会は下絵しか展示しないというのに興味を持った。あれほど画力のある画家の下絵はどんなものだろうかと思った。

いや、どれもうまい、楽しい。普通の庶民も能役者も美人も妖怪も菩薩も鴨も猫もみんなスラスラと描いている感じ。あるいは書きなぐりのような暴力性もある。「席画」というのが二〇点ほどあった。宴会の席で描くデッサンらしいが、ある時暁斎は8時間で100枚を超す絵を描いたという。

例えば《放屁合戦絵巻》は平安時代からある放屁する人々を描いた滑稽画のジャンルだが、この何メートルもある複雑な構図の絵巻も「席画」のようだ。確かに酒の席ではウケるかもしれないが、おならの臭さに一斉に逃げたり倒れたりする何人もの人々をさらさらと描けるものだろうか。

暁斎の手になる《書画展覧余興之図》は、大きな部屋のあちこちで絵を描く画家たちと見物人を描いたもの。「席画」のようだが飲食をしている人はいない。描く人の周りにみんなが群がって覗き込んでいるのは楽しい。画家の名前も書いてある。「おお、すごい」などと言う声が聞こえてきそう。

下絵は一枚の完成品のために何枚も描くことがあるらしく、美人画のために裸体画や骸骨の絵まで描いているのだから凄まじい。確かに完成した「本画」と違って、素描や下絵はむやみに勢いがある。最終的には多くが消される髪の毛や衣服の襞や草花の蔓があらゆる角度に動いていて、思い付きで筆を動かす喜びがダイナミックに伝わってくる。

彼は長い間絵日記を描いていたらしくそのいくつかが展示されているが、食事、来客、訪問先などが絵入りで細かく描かれていてこれを自分でめくったら一日過ごせそうだ。江戸末期から明治初期という転換期に生きながらひたすら絵を描くことで人生を謳歌し、かつみんなを楽しませてきたのではないか。今ではありえない理想的な芸術家の姿にも見える。

出品作品はすべてが河鍋暁斎記念美術館所蔵作品だから展覧会としては安易な企画とも言えるが、それでもこれだけの画力があると見ごたえがある。できたら素描数点とそれをもとにした本画が並んでいたら、なお興味深いだろう。平日夕方に行ったが、驚くほど観客がいなかった。コロナのせいかも知れないが、これは見ておいて損はない。

 

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