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2021年2月28日 (日)

『検閲官』が見せる占領期の闇

山本武利氏の出たばかりの新書『検閲官 発見されたGHQ名簿』を読んだ。敗戦後の占領下の日本で、占領軍GHQで郵便、電信、電話などの通信と新聞、出版、映画、演劇、放送などのメディアを検閲していた民間検閲局(CCD)で働いていた約2万人の日本人について調べたものである。

新聞や映画ばかりではなく、手紙も検閲されていたという話はどこかで読んだことがあった。てっきりそれは日系アメリカ人か日本語を特訓されたアメリカ人がやっているものだと考えていたが、実は末端は普通の日本人だったという話である。「このCCDの存在は当時も日本人にほとんど知られていなかった」

江藤淳は1989年に出した『閉ざされた言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』で「1万人以上の日本人が検閲官として働いていたにもかかわらず、誰一人として経歴にCCD勤務を記載していないと嘆いている」という。この本の筆者は2013年に国会図書館のCCD資料から東京地区の1万4千人のローマ字の名簿を発見する。

それを元に、元検閲官に接触したり、自費出版書や同窓会誌などを丹念に当たって個々の証言をまとめたのがこの本だ。CCDに勤めるには英語が不可欠だったために高学歴の者が多い。東大、早慶、東外大のほか、東女大や津田塾大などの女子大の学生や卒業したばかりの者が多かったが、大学教授など50代や60代もいた。給料が民間の何倍もあったからだという。

「CCDは応募者に原則として履歴、年齢、学歴、男女などを問わなかった上に、障害者も採用されていた。あくまで実力、とくに英語力を選抜の基準とした」。東京のCCDは今の東京駅南口の東京中央郵便局にあった。この本にはその1、3、4、5階のどこをどの部署が占めていたかの図面まである。1枚の郵便検閲の写真には、長机で大量の郵便を前に手を動かす背広ネクタイの男たちに交じり、女性も2、3割いるのがわかる。

元検閲官たちは、その後大企業に勤めたり官僚になったり大学教授になったりしたエリートが多いが、多くはCCDで勤めた経歴を語りたがらなかった。「同胞の秘密を盗み見る。結果的にはアメリカの制覇を助ける。実に不快な仕事である」「ともかく敗戦後の日本人の思想や動向を占領軍GHQに密告する言わばスパイみたいな仕事だった」

こうした元検閲官の文章や言葉が並ぶが、印象的なのは劇作家の木下順二の話である。キノシタ・ジュンジという名前が名簿にあるが本人は公表していない。彼は8歳上で後に木下の『夕鶴』などを演じる女優、山本安英と親密な関係にあり、彼女の演劇活動を助けるためにCCDに勤務していたらしいことが周りの証言で明らかにされている。

「監督官としての占領期での行為をアメリカに暴露されれば、彼が戦後築いた、進歩的文化人や作家としての地位や名誉が失われることを恐れて沈黙したのかもしれない」。木下順二のみならず、膨大な数の日本人の一言、一言が占領期の闇を明らかにする。

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