「洋画」に考える
毎週、金曜日は各新聞の夕刊を買う。もちろん映画評や映画の広告を見るためだが、少し前の「読売」のコラムが気になった。「アーティゾン」になる前のブリジストン美術館の館長だった島田紀夫氏が、なぜか映画の興行収入について触れていたから。
島田氏は『鬼滅の刃』の興行収入の新記録に関して、映画を「邦画」と「洋画」に分けることに触れている。そして「映画を邦画、洋画という言葉で触れているのは、興行成績を比較するとき以外にはあまりないようだ」と書く。
これは間違いで、映画の世界ではまだまだ「邦画」「洋画」にこだわっている。最近発表されたキネ旬のベストテンもこの2つに分けているし、私の大学でも「日本映画史」と「外国映画史」が別々の授業としてある。さすがに「洋画」ではなくて「外国映画」と呼んでいるが。
島田氏が映画に触れたのは「洋画」という呼称が美術にあるから。これは主として「日本画」に対して使われる言葉で、もちろん「西洋絵画」の略称だが、最近では大学の専攻や日展などの画壇に残っているくらいで、普通は「洋画」「洋画家」とは言わない。
洋画家といえば、ベレー帽をかぶって気取って絵を描いている様子が目に浮かぶ。日本最初のトーキー映画『マダムと女房』(1931)の冒頭で出てくる男である。既にその頃から揶揄の対象だったことがこの映画でわかる。
トリエンナーレなどを見ればわかるが、今の現代美術には日本画も洋画もない。単なる絵の素材の区別に意味はないから。美大や画壇に残っているのは、自分たちの技術や美学を引き継ぎたい人とそれに学びたい人がいるからだが、現代美術はそうした「引き継ぎ」からは生まれない。
絵画で「洋画」というのは「洋食」に近いのではないか。明治の頃に輸入して、新しもの好きがこぞって好んだ類である。フランスやイタリアで修業したコックが当たり前になった今では「フランス料理」と「洋食」は別のものになった。ただ、「洋食」は日本の料理として十分に定着して評価されているところが「洋画」=油絵とは違う。
昭和の頃にはどこの街にも「洋品店」があった。和服を売る着物屋でなければすべて洋品店だった。私の実家の近くにもあって、小学生の終わり頃まではすべての服はそこで買った。さすがに今ではこの言葉は廃れた。これは「洋画」=油絵に近いか。
さて映画の洋画だが、やはり外国映画にした方がいい。「洋画」の「洋」はどうしても「西洋」で、やはりアジアやアフリカの映画は含まれない感じがするから。問題は外国映画は四文字で長いことか。うちの学生は外国映画史を「外映史」と略して読んでいるが。
そもそもベストテンなどで日本映画と外国映画を区別する意味はあるのか。フランスの『カイエ・デュ・シネマ』誌のベストテンでは全く区別しないが、今後はそういうベストテンが日本にもあったらいい。外国映画と並べたら、大半の日本映画は見劣りするだろう。
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