猫の話
毎朝のように夢を見る。時々、ずっと前に出た夢の一部がまた現れることがある。最近、夢で拾ってきた捨て猫に再会した。だいぶ前の夢で、マンションのベランダで泣いていた子猫を部屋に入れたことがあった。
ところが私はその日から出張だった。どうも一人暮らしのようで、牛乳や缶詰を空けて与えてまた外に出したがその後どうなったか心配していた。
最近の夢では、隣の部屋から「ニャー」と声がした。障子を開けると痩せて死にそうな子猫がそこにいた。私はまた牛乳を与えたが、飲む力もあまりないようで、ほんの少しずつ舐めていた。それから庭に出すとまた「ニャー」と泣いた。今度の家は一戸建ての庭付きだった。
昔、実家に猫が一匹いた。「ちょん」と言う名で2つ上の姉が可愛がっていたが、8年くらいたってその猫が死んだ時は姉は本当に悲しそうだった。私は「寿命だからしかたがない」と思ったくらいだった。
前の職場で昼休みに昼休みにフランス語を勉強する会のようなものがあった。外報部が謝礼を払って毎週1回フランス人の中年女性がやってきて、コーヒーを飲みながら社員と話した。その時に彼女に「猫は拾いますか?」と聞かれて驚いた。
彼女は彷徨っている猫がいると拾わずにいられないと言った。だから今は10匹ほど飼っているとも。「去る者は追わず」で自然といなくなる猫もいるが、だんだん増えている。夜は「希望する猫は」家の中で飼っているらしい。猫でも相手の希望を重んじるところがフランス人らしい。
その女性の顔が、目が大きくて猫に好かれそうな気がした。女性に時々いるが、わかりやすい笑顔というか楽しそうな感じが全体に漂っている。たぶん猫もそういう人に寄っていくのではないか。
誰かに似ていると思ったら、2年ほど前に亡くなった映画監督のアニエス・ヴァルダを思い出した。目が大きくておかっぱ頭。年を取ってからは髪を紫に染めていた。シネマテークなどで見たことがあるが、どこにもでも出かけてゆく明るいおばさんという感じ。
最近になって日本で公開された彼女の第一回長編『ラ・ポワント・クールト』(1955)は、今ではヌーヴェル・ヴァーグの先駆的作品と言われるが、南仏の港町セトで撮影されている。それを見直していたら、やたらに猫が写っていた。やはりヴァルダの顔は猫を引き寄せるのではないか。
さて、私の夢の猫はすぐにいなくなった。私の顔は猫にはピンと来ないのだろう。またいつか夢で戻ってくるのだろうか。
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