『奥様は妊娠中』にも「フランス映画のある種の傾向」を考えた
アンスティチュ・フランセ東京の「映画/批評月間」でソフィー・ルトゥルヌール監督の『奥様は妊娠中』(2020)を見た。原題はenorme=「巨大な」だが、それではさすがに邦題にならないのだろう。見ながらまた「フランス映画のある種の傾向」を考えた。
前に書いたようにこれはトリュフォーが批評家時代に使った意味と全く逆で、私にとっては、一部の映画通には評判がいいが一般的にはあまり賛同を得ないフランス映画を指す。前回に書いた『ティップ・トップ』ほどではないが、これもやはりその1本だろう。
この作品は40歳の天才的なピアニスト、クレール(マリナ・フォイス)の妊娠を描く。彼女は子供を作ることを望んでいなかったが、ある時マネージャーの夫フレデリック(ジョナタン・コーエン)は急に子供が欲しくなり、避妊薬に細工をして子供ができる。
冒頭、2人がルクセンブルクのホテルにチェックインする場面が出てくる。すべて雑用は夫が受け持ち、荷物も運ぶ。ドイツ、日本など世界中を演奏旅行する毎日が描かれる。ここで興味深いのは、ほとんどギャグのように大騒ぎして愛嬌を振りまく夫が描かれる一方で、ホテルのスタッフやコンサートに関わる人々や飛行機の乗務員たちがドキュメンタリーのようにクールに描かれること。
このギャップは後半になるとさらに大きくなる。クレールのお腹はありえないほど巨大になる。フレデリックも太り始め、まるで自分が妊娠でもしたかのよう。そのうえ、育児教室などに通う。クレールは夫が自分を騙して妊娠させたことに気づいて怒り出すが、もはや後戻りはできない。何度も病院と自宅を往復し、病室でも大変な苦労をして赤ん坊はようやく生まれる。
育児教室や病院のスタッフはそのプロぶりをさらりと見せる。画面の中でフレデリックだけが浮いている。クレールも途中からは出産の大変さに怒りを忘れ、懸命に子供を産もうとする。終わりは彼女の演奏と共に、赤ん坊や演奏者たちの表情が写る。
2つのトーンの混交が魅力的とも言える。しかし日本での公開が難しいのは2点。一人で大騒ぎをするフレデリックのような男は日本には少ないので彼の行動がほぼ賛同を得ないことと、最後に至って出産をめぐるコメディなのか、ヒューマン・ドラマなのかどっちつかずな気分になってしまうことだろう。フェミニズム映画というのともちょっと違うし。
チラシの解説に「ジャック・ロジエの作品を想起させもする」と書かれていたが、確かにロジエのファンタジーとドキュメンタリーの混乱に近いかも。上映後に監督のオンライン・トークがあったが、実に爽やかな才女だった。コメディだと勘違いしたプロデューサーとできた後に揉めたというが、それも理解できる。
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