『野球少女』に素直に泣く
またまた韓国の監督の第一回長編の秀作を見た。チェ・ユンテ監督の『野球少女』で、天才野球少女として脚光を浴びたチェ・スイン(イ・ジュヨン)の高校卒業間際の日々を描いた作品だ。終盤で素直に泣けたのに我ながら驚いた。
題名からイメージするのは少女のスポコンだが、ちょっと違う。スインはプロ入りを夢見て「トライアウト」(一種のプロテスト)を受けようとするが、女子ということで門前払い。学校では就職か進学の話ばかりだが、スインは関心がない。父親が無職のために苦労している母親は、彼女を自分が働く工場で働かせようとする。
スインはひたすら練習を続けるが、プロになるには時速150キロが必要だ。やってきたばかりのコーチのジンテ(イ・ジュヨン)は最初は冷たい。始まってほぼ1時間近く、どこも壁だらけで前に進めないスインを描く。
それでもスインは諦めず、前を見つめて努力する。うまくいくかと思うと挫折し、また次の難関に挑む。最後の最後にようやく幸せが訪れると思わず泣いてしまった。スインの素直なまなざしがいい。女友達も両親もコーチも幼馴染の同級生でプロ行きが決まった男の子もいるが、誰にももたれかからず、一人で苦しんで一人で解決してゆく。
どうしても剛速球が投げられないスインに具体的に解決法を教えるのはコーチのジンテだ。彼自身がプロ入りに失敗した過去を持ち今も悩んでいるが、そのことが軽く描かれているのもいい。コーチの果たせなかった夢を若者に託すようなメロドラマはなく、あくまで淡々とスインの投法を分析して的確な指示を与える。
映画の中で唯一騒ぐのは母親だが、彼女はさんざん心配しながらも結局はスインに自由に生きることを許す。最後のシーンの彼女の勘違いにもまた涙が出た。
単純と言えば単純な娯楽作品だし、音楽やクロースアップの編集で盛り上がる手法も目新しいものはない。それでもいいのは、自分の夢に向かって孤独の中で戦う女性をすっきりと描いているからだろう。その爽やかさな姿は『巨人の星』のようないわゆるスポコン的なものとはかけ離れている。あるいは韓国映画のイメージにあるコテコテ感はゼロ。
この映画のモデルになったのは、1997年に韓国で女性として初めて高校の野球部に入った女性だという。それをジェンダーの問題を振りかざさずに、あくまで一人の選手の内面の物語として巧みに仕立てている。
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