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2021年5月 1日 (土)

『明日の食卓』の女優たち

5月28日公開予定の『明日の食卓』を試写で見た。瀬々敬久監督は、『ヘヴンズ ストーリー』(2010)や『菊とギロチン』(17)のようなマイナー色の強い映画も撮れば、『64ーロクヨンー』(16)のような大作の商業映画も手掛ける、いわば両刀使い。

今回の『明日の食卓』は尾野真千子、菅野美穂、高畑充希という3人のスターを使った商業映画の部類だが、それでもこの監督の人間描写は尋常ではない。普通の人間の奥に秘めた激情を、巧みに引きずり出して見せる。

テーマは何と「子育て」。同じ「石橋けい」という名前の小学5年生を育てる3人の女たちを交互に見せてゆく。菅野美穂演じる留美子は43歳で、神奈川県の大規模マンションで売れっ子のカメラマンの夫と2人の子供と住む。仕事はフリーのライターだが、なかなか子育てが忙しくて仕事に打ち込めない。

大阪のおんぼろアパートに住む加奈(高畑充希)は30歳でシングルマザー。クリーニング工場とコンビニを掛け持ちで必死だが明るく生きている。大阪弁も板についていて、この映画では見ていて一番安心する。

静岡に住む36歳のあすみ(尾野真千子)は、優しい夫の実家の敷地に建てた家で息子と3人で何不自由なく暮らす専業主婦。あまりに幸せそうで何かありそうだし、隣に住む義母(真行寺君枝)はどうもヘンな感じがする。友人(山口紗弥加)に宗教団体に誘われたり、あすみの父親(菅田俊)が突然訪ねてきて彼女が福島出身とわかったり。

3人の暮らしも土地も住まいも全くは違い、かつ交わることもない。しかしそれぞれの状況で子供が反乱し、母は半狂乱になる。留美子とあすみの夫は役に立たないどころか、とんでもない行動に出る。映画は楽しい生活が少しずつ狂い、母親が悩み苦しむ場面を鮮やかに見せる。

途中で留美子が夫に刃物を向けて殺人劇になるのかと思わせたり、あすみは宗教団体に頼るような動きを見せたり。そんな思わせぶりも含みながら、3つの物語は意外にシンプルな方向に片付き、かすかな希望も見せてくる。

おもしろくて最後まで全く画面から目が離せないが、見終わると日本の女性の抱える問題がいくつも散りばめられていることに気がつく。東日本大震災後の日本を象徴する1本だろう。主演の3人以外の脇役もいい。ここに書いた俳優以外にも、渡辺真起子、烏丸せつこ、宇野祥平などが配されていて見応えがある。かつてピンク映画を作っていたこの監督は、いつの間にか日本映画の真ん中に位置するようになった。

 

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