『アンモナイトの目覚め』に考える
イギリスのフランシス・リー監督の『アンモナイトの目覚め』を劇場で見た。予告編でまるで『燃ゆる女の肖像』のようだと思ったので、見たいと思った。別に女同士の愛に興味があるわけではないけれど、最近はこの分野で秀作が多い気がする。
率直な感想を言えば、『燃ゆる女の肖像』ほどの驚きはなかった。ケイト・ウィンスレットとシアーシャ・ローナンというスターを使いながらも、実に抑えた作りはイギリス映画らしく好感は持てたけれど。
最初にBBCとBFIのマークが出てくる。ちなみに私はBFI=英国映画協会のFilm Foreverというロゴが大好きだ。なぜか元気が出る。さて、映画が始まると、ある恐竜の化石が博物館に運び込まれるシーンが写る。メアリー・アニングという名前のタグがはぎとられる。
そこから映画はケイト・ウィンスレット演じるメアリーの苦しい毎日を見せる。彼女は老いて認知症気味の母と共に海辺の観光客用の土産店を営む。しかしメアリーの関心は貝などで作るお土産品よりも、化石の収集にあった。
そこにある貴族が現れて、お金を払うから彼女の採集に同行をさせてくれと言う。実はこの映画では時代も場所も示されないが、金持ちが古代の化石に関心を持つということは、欧州で博物館が現れる19世紀半ばかなと考えた。
その貴族は海辺での静養が必要な病気の若妻、シャーロット(シアーシャ・ローナン)を置いてゆく。メアリーはお金をもらうのでしぶしぶ受け入れるが、海辺で平気でしゃがんで用を足すような彼女には上品なシャーロットは迷惑でしかない。ここまでが前半だが、後半に病気のシャーロットをメアリーが看病したり、メアリーが大きな化石の採掘を手伝ったりして2人は近づいてゆく。
そしてある時「おやすみ」のキスから、急に2人の関係が始まる。あえて「愛」を語らずに、身体的な欲求で抱き合う場面がいい。カッコいいラストまで何も説明しない。考えてみたらこの映画は化石を始めとしてあくまで物質性にこだわった映画だった。説明も哲学も愛もない。
ところで、この映画の19世紀半ばのヨーロッパは博覧会と博物館の時代だった。1851年に世界初の万国博覧会がロンドンで開かれる。大英博物館は1853年にでき、1859年に一般公開。パリ万博やルーヴルも同じ頃で、ロンドンやパリにいながらにして古今東西を「見る」ことができる植民地的視線の時代である。もちろん映画の誕生は、その視野拡大の延長線上にある。
化石に興味を持つ貴族たちを見ながら、そんなことを考えた。ちなみに実際のメアリー・アニングは1848年に亡くなっているので、彼女が大英博物館に行く場面は歴史的にはおかしいのだけど。
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