GWにどこが開いているのか
突如25日(日)からの「1000平米以上の商業施設自粛」が出て、まず都内の国立美術館や博物館が23日(金)朝に休館を発表した。区立などがそれに続いた。シネコン大手もその日の夜には土曜日までと決めた。テアトル新宿やヒューマントラスト〇〇を運営するテアトル系はそれぞれは1000平米以下だと思っていたが、26日(月)にその日までと決めた。
今のところ都内で開いている美術館はワタリウム、映画館だとユーロスペース、アップリンク渋谷、ユーロスペース、K'Sシネマ、岩波ホールあたりでいわば「個人商店」ばかり。都内の映画館はアート系のみが開くという初めての事態になった。千葉県や神奈川県に行けばシネコンもやっているが、私にはさすがに遠い。
惜しかったのが渋谷区立松濤美術館で「フランシス・ベーコン展」で、25日(日)まで開いていたので火曜日に行こうと考えていたら閉じた。去年の春の「宣言」では区立は2週間くらい長く開いていたと思うが、今回は映画館とは逆でほぼ統一的な対応となった。
得したと思ったのは、23日(金)に見た「あやしい絵展」の「後期」で、これは20日(火)に始まって24日(土)までの5日しかやっていない。5月16日までだが、それまでに「宣言」が解除されるとはとても思えない。去年の「ピーター・ドイグ展」のように延長されたらいいけれど。
「後期」でも甲斐庄楠音の数点が強烈だった。《毛抜》(1915)は、若衆髷の青年が毛抜きで髭を抜いている様子を描いているが、一見、男か女かわからない。胸は平たいけれど乳首がきちんと描かれているし、肌が白く、唇は紅を差したように赤い。大きな耳も赤く、背景の虞美人草の赤い花と呼応している。男色の世界への誘いに見えてならない。
《春宵(花びら)》(21)は太った花魁をグロテスクに描く。バックが黒でお歯黒のためか、全体に薄気味悪い。一方で《母》(27)は目を半分閉じた老婆を優しく描いていて、いわゆる甲斐庄らしさはない。こんな静謐な女性も描くのかと驚いた。この画家の個展を見たい。
同じ「あやしい女」でも、上村松園の《花がたみ》(1915)は恋に狂った女が舞う姿を描く。無表情で目は焦点が定まらず、右手の指の位置もどこかおかしく、着飾って花かごを持つ姿がどこか痛々しい。謡曲《花篭》に拠るものだが、濃厚な物語性が支配する。
「物語性」と言えば、六枚組の《不如帰の絵看板》は後期もあった。最近驚いたのは、小津安二郎監督の《長屋紳士録》(1947)を授業の準備で見ていたら、のぞきからくりの節回しを笠智衆が歌う有名なシーンが、実は「不如帰」の話だったこと。この展覧会で片岡浪子や川島少尉の名前を覚えたら、出てきたのでびっくりした。
ほかにも小村雪岱や橘小夢の挿絵もよく見ると実に面白い。近代絵画から排除された「物語性」が、実は日本の絵画では20世紀にもたっぷり生きていたのを実感した展覧会だった。
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