「武闘派」と呼ばれて
最近、大笑いしたのは自分が「武闘派」と呼ばれているらしいことだ。新任の先生がある若手の学者に「あの武闘派の先生がいる大学に行くんですね」と言われたという。それを言った若手は面識はないが、ここでも紹介した本を書いた優秀な映画研究者で最近どこかの大学に専任のポストを得たはず。
自分が若手に「武闘派」と思われているとは。私は痩せているし筋肉もない。そのうえ姿勢も悪く、歩く物干し竿のようだという自覚はある。なぜ「武闘派」と呼ばれたかを新任の先生に聞いてみると「学会でどんどん改革を進めたから」。
会ったことのない若手は、私の物干し竿の見た目は知らない。ただ最近の学会の変化にこのおじさんが関与している、というのは広まっているらしい。確かに私は精神的には傍若無人なので、あまり周りに配慮をせずに思ったことをずけずけ言い、実行する。
いわばKYおじさんだが、もともと学者ではないので学会の「空気が読めない」のは当たり前だし、実を言うと優秀と呼ばれる学者たちの放つ学会臭を少し馬鹿にしている。だから乱暴な発言が目立つのは仕方がない。むしろあえてみんなの神経を逆なですることを言って楽しんでいる。
昔、仕事で「武闘派」という言葉を使ったのを思い出した。2003年に小津安二郎生誕百年記念国際シンポジウムを開いた時のことだ。日本の監督を選ぶのに、黒沢清監督や青山真治監督や是枝裕和監督の名前が挙がった。その時に私は蓮實重彦さんに「みんなハスミさんの弟子みたいな映画通ばかりではおもしろくない。もっと武闘派を入れましょう」
そうしたら山根貞男さんが「崔洋一監督はどうだろうか」と提案し、私は飛びついた。崔監督は背が高く体もがっしりで声も大きい。見た目だけでもおよそオタクからは程遠い。そのうえ作る映画も社会派もバイオレンスもエロもあって、まさに「武闘派」に思えた。
名前を挙げた4人の監督には出演してもらったが、崔監督はあまりご機嫌がよくなかった記憶がある。全体のオタク的な雰囲気を苦手に思われたのかもしれない。その後大学に移ってお会いする機会もあったが、やはりちょっと怖い。
「武闘派」と似たイメージの言葉に「野獣系」がある。昔、宮台真司の対談集に『野獣系で行こう』があったが、援助交際を実践して分析し著名人を平気で貶す宮台真司の無遠慮なイメージである。見た目はどう見てもオタクなので、あくまでその言動だろう。
私は「野獣系」というと、電車でラフな格好で髭を生やして足を広げる20代や30代の男を考える。私のように電車で本ばかり読んでいる中年を馬鹿にしている感じがする。勝手な被害妄想だが。私が武闘派のはずはない。
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