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2021年4月18日 (日)

『海辺の彼女たち』の見せる日本

5月1日公開の藤元明緒監督『海辺の彼女たち』を試写で見た。この監督は『僕の帰る場所』が強い印象を残したが、ドキュメンタリー的な部分とフィクションの混ぜ具合がちょっと気になった。今回はそれもなく、日本で生きる3人のベトナム女性たちの日々に釘付けになった。

見終わって、どよんとした黒いものが残る。まるで夢でも見たかのように、別世界に見える。しかしこれは自分が生きている日本なのだと思い返し、改めてその異常な世界をゆっくりと思い返す。

冒頭、暗闇に3人の若い女性が出てくる。彼女たちは日本人のようだがアジアのある言葉を話し、重い荷物を持ってシャッターを閉じて走り出す。電車に乗って駅の表示でそこが日本だとようやくわかる。電車が目的の駅に着くと雪が降っているが、同じ言葉を話すお洒落な若い男が車で迎えに来ている。彼女たちを脅す冗談を言いながら軽快に走り、ある場所に着いて数万円を受け取る。

そこは海辺の漁村で、彼女たちは倉庫のような場所に住む。トイレは外。朝早くから仕事が始まる。取れた大量の魚を洗って、氷と共に箱に詰め込む作業。同じ言葉を話す若者がいて、やり方を教えてくれる。時おり、日本人が叱り飛ばす声が響く。「話ばかりしないで、手を動かして」「お客さんが食べる魚なんだから、洗いなおして」

話にベトナムという言葉が出て、彼女たちがベトナム人の技能実習生だとわかる。街の表示から移った先は青森県のようだ。彼女たちは前の職場で一日15時間、土日も働かせられて、3カ月で家出をした。そして同国人に紹介料を払って漁村に移り住んだ。

3人のうち、いつも不安そうな顔をしていたフォンの体調が悪くなったことから新たな問題が起きる。前の職場に保険証と滞在カードを預けてきたために、行った病院では相手にされない。職場で働くベトナム人の若者に紹介されて、偽造の保険証とカードを手に入れようとする。

描かれる世界は3人、とりわけフォンの目から描かれる。手持ちのカメラが彼女に寄り添って彼女が見る世界を写す。だから普通の日本の生活はどこにもない。日本人は漁村での上司の罵りや病院での形式的な対応としてしか出てこない。彼らは文字通り暗黒の世界の中で、必死で生きようとする。

フォンが何とか病院の診察を受けたことから、新たな展開が始まる。そしてもっと暗い結末へと向かう。こんな話は蓋をしたいくらいだが、これも日本の現実で、我々は目を背けてはいけないと思い直す。資料によれば外国人の技能実習生は40万人を超し、かつては中国人が多かったが今では半分をベトナム人が占める。失踪者は増え続け、年に1万人近いという。

映画は彼女たちの辛い日々を抑制された演出で静かに見せる。フォンたちの演技も自然でいい。資料によればベトナムでオーディションをして日本に呼んで撮影したという。こんな映画を撮る日本の監督がいるとはすばらしい。ぜひ若い観客に見て欲しい。

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