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2021年4月23日 (金)

『騙し絵の牙』を楽しむ

授業が始まって1週間。何となく疲れが溜まって気分転換にと選んだのが『騙し絵の牙』だが、当たりだった。『紙の月』や『羊の木』などの吉田大八監督が、大きく娯楽に舵を切って最初から最後までたっぷり楽しませる作品を作った。

個人的には、出版業界の話なのでまず興味があった。もともと私は昔から本好きだし、(ほとんど共著だが)自分でも本を出すし業界に知り合いも多い。映画は、創立110年の老舗出版社「薫風社」の社長が亡くなるところから始まる。

出版界を流れ歩いてカルチャー誌「トリニティ」の編集長としてこの出版社に入社した速水(大泉洋)は、奇想天外の発想で編集部員を煙に巻き、スキャンダルを使って部数を伸ばす。こういう奴はいるなあと思う。私は文芸春秋社で雑誌「マルコ・ポーロ」を廃刊にし、朝日新聞社に移って新雑誌「ウノ」を作った花田紀凱氏を思い出した。ほかにも朝日の出版局にはこういう「渡り鳥」が数多く生息していた。

専務から社長となった東松(佐藤浩市)は伝統ある月間文芸誌「小説薫風」を季刊に追い込み、「トリニティ」を応援する。「小説薫風」から速水が「トリニティ」に引っ張った高野(松岡茉優)は町の小さな書店(店主は塚本晋也!)の娘だが、「小説薫風」常連の大御所(國村隼)や人気モデル(池田イライザ)、姿を消した幻の作家などを「トリニティ」に取り込む。

「小説薫風」を支持する保守派の常務・宮藤(佐野史郎)は、何とか劣勢を盛り返そうと奇策を練って記者会見をするが、速水はそれも見込んで次の手を打つ。しまいには先代社長の後継ぎ(中村倫也)をかついで、社長の東松を追い出そうとする。

文芸誌の危機やアマゾンの支配と街の書店の廃業、ネット社会への対応など、出版社をめぐるリアルな話が飛び交うだけでもおもしろいのに、大泉洋を中心に個性的なキャラクターがお化け屋敷のように次から次へと登場する。「小説薫風」編集長の木村佳乃や文芸評論家の小林聡美なども大活躍。私は終盤にリリー・フランキーがふいに出てきた時はビクリとした。

盛り込みすぎ、おもしろ過ぎかもしれないが、とにかく最後の最後まで観客まで大泉洋に引っ張りまわされ、先が読めない。原作の塩田武士は『罪の声』の原作者でもあるが、この小説は大泉洋主演で映画化されることを念頭に書いたというからすごい。

年間のベストテンに残るタイプの作品ではないが、相当おもしろかったのは間違いない。3月末に公開してあまり話題になっていないようだけど。

 

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