今一度、オリンピックへの疑問
私は昔からスポーツはやるのは好きだが(どれもうまくない)、あまり見ない。高校野球は大学受験勉強をしていた高校生の時から親の仇だと思っていたし、オリンピックは人類の敵だと思ってきた。最近、東京オリンピックへの否定的意見を続けさまに見たので書いておく。
文芸評論家の斎藤美奈子さんは、「東京新聞」のコラムで福島に始まった聖火リレーが実はスポンサー企業優先のお祭りだったことを書く。
「迂闊(うかつ)だった。聖火リレーがこんな大パレードだったとは。『ズチャ、ズチャ、ズチャ』と大音響の音楽を響かせ、やってきたのは大型トラック。荷台の上のDJ(ディスク・ジョッキー)が大声で叫ぶ。『福島の皆さん、1年待ちました』、『踊って楽しみましょう』。コカ・コーラ、日本生命、NTTといった上位スポンサーの宣伝トラックに先導されて、だいぶ後からやってきた聖火ランナーの姿はかき消されんばかり。7月23日までの約4カ月間、この騒々しい一団が全国各地を次々と襲うのだ」
これはその数日前に「東京新聞」で出た記事をもとにしたものだが、私も知らなかった。大手新聞社、テレビ局は右も左もみんなオリンピックのスポンサーだから、まず書かない、見せない。東京新聞は母体の中日新聞も新聞もスポンサーではないので書けるのではないか。
マイケル・ブースという英国出身の食の評論家は、そのスポンサー企業について「朝日」のGlobeにこう書いている。
「これらの企業はなぜ五輪を自社ブランドに利用したいのか。炭酸飲料やハンバーガーの企業は、自社商品が根本的に健康的ではなく、肥満や心臓病、がん、糖尿病など世界的に増えている健康上の脅威に少なくとも部分的に関係しているらしいとわかっている。だからこそ何億ドルという大金をつぎ込んで、不健康で人工的な商品と、健康で鍛え抜かれた肉体を誇る超人たちとを関連づけようと必死なのだ。理想の肉体による功績が、ファストフードと炭酸飲料のブランドイメージに反映されるというわけだ」
養老孟司さんはオリンピック選手について『週刊朝日』にこう書いている。
「解剖学からみると、五輪型の身体の使い方はノーマルではないのです。ヒトの身体は競争するようにできていません。虎が追いかけてくるわけでもないのに必死に100メートルを走ってどうするんだと、いつも思っています」「世界一になるために一生懸命に練習する選手は「自分に勝つ」と、自分自身までをも敵にしてしまっている。身体がもう嫌だって悲鳴をあげているのに、なぜそこまで無理をしなければならないのか。よくわかりません」
スポンサー頼みのオリンピックの構造がおかしいのはすぐわかるが、世界一を目指す選手になぜと言われると考え込んでしまう。遊びとしてのスポーツはどこの国にも太古からあったが、世界的な競技となったのは1896年のアテネ・オリンピックから。それが1936年のベルリン・オリンピックからメディアと結びついた。やはり20世紀の病かもしれない。
後記:「中国新聞」を「中日新聞」に訂正しました。
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コメント
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「中日新聞東京本社」です。
折角良いことを論じていても、この手の誤記が散見されるのはヒジョーに惜しい。
投稿: 五日市街道どうでしょう | 2021年4月10日 (土) 22時45分