モンドリアン展を初めて見る
モンドリアンは昔から好きなのに、一度も大きな個展を見たことがなかった。1987年の西武美術館も1998年の東急文化村ザ・ミュージアムも見ていない。今世紀になってオルセーやポンピドゥーセンターで開かれた時も行く時期が合わなかった。
唯一記憶があるのは一度だけ行ったオランダのデン・ハーグの市立美術館で、常設展示でたぶん30点以上のモンドリアンを見たこと。今回この美術館所蔵作品が50点来ると知ってSOMPO美術館の個展に行った。かつて新宿の高層ビルの42階にあった「安田火災東郷青児美術館」が、敷地内の小さな建物として新築されたことも気になっていた。
見て驚いたのは、いわゆるモンドリアンらしい絵は少なかったこと。黒い線で四角が区切られて白や赤や黄や青に塗られたタイプの絵が出てくるのはずいぶん後半で1920年頃。それまではフランス絵画の影響のもとにさまざまな様式の模索がある。
最初はコローのような風景画が1895年頃。川や海の水の表現が際立つ。それからゴッホのような表現主義的なタッチだったり、スーラのような点描派にそっくりだったり。1910年代にフランスに住み、ブラックやピカソのキュビスムそのものの絵も描く。全体に強い色彩の追及を感じた。
それからはどんどん抽象画に発展してクレーとしか思えない絵もあったが、彼との交流はなかったようだ。1917年にテオ・フォン・ドゥースブルフとグループ「デ・ステイル」を作って雑誌を発行してから、ようやく私の知るモンドリアンのスタイルになる。
この頃の同じグループのドゥースブルフやバート・ファン・デル・レックの作品は、実際かなり似ている。あるいはヘリット・トーマス・リートフェルトの椅子も全く同じスタイル。いわゆるモンドリアンらしい彼の絵は10点弱なので、こうなるとその個性はどこにあるのだろうという気にもなった。モンドリアンは「デ・ステイル」運動の象徴的な存在だったのか。
美術館はまず5階に上り、階段で4階へ降りるが、全体に狭い。階段以外にエスカレーターを作る余裕さえもない。上野の森美術館のようなせせこましい印象が残った。全面改装されたアーティゾン美術館のようなものを予想していたが、ちょっと期待外れ。3階は資料展示と有名なゴッホの《ひまわり》など常設が数点のみ。
展覧会ではモンドリアンの作品は54点だったが、もっと見たかった。特に1920年以降の成熟期の作品をじっくり見たかったので少し拍子抜けした。6月6日まで。
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