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2021年4月27日 (火)

『ファーザー』の描く認知症の父親

5月14日公開(延期かも)の英・仏映画『ファーザー』をオンライン試写で見た。普段はオンラインは見ないが、この映画は予告編で見て気になった。これが予想通りの出来で、パソコン画面ながらたっぷり楽しんだ。

主演はアンソニー・ホプキンスで今年84歳だが、認知症が始まった老人アンソニーを演じる。名前が同じこともあって、見ながらこれは彼のリアルな姿ではとも思う。その娘アンを演じるのがオリヴィア・コールマンで、働きながら父のもとに通う。

映画はアンが慌ててアンソニーの住むロンドンの住宅に駆け込むところから始まる。アンソニーが介護人の女性に暴言を吐いて辞められたからだ。それから2人の会話が始まる。アンソニーは絵に囲まれた部屋でオペラを聞く優雅な生活をしているが、介護人の話になると「時計を盗まれた」と怒り出す。アンは次の介護人を探し、その女性ルーシーもやってくる。

この映画がおもしろいのは、最初はアンの立場から大変だなと見ているが、だんだん映画はアンソニーの心象風景をも映し出し見る者もそれに同調してゆくこと。新しく現れた男に「お前は誰だ」と声を上げ、ルーシーを見ると上機嫌になって「昔はタップダンサーだった」と嘘を言って踊り出す。その直後にルーシーを突然いびり出す。

亡くなったアンの妹が生きていると思い始め、自分のアパートと娘のアパートの区別がつかなくなる。見ている者もだんだんわからなくなって、アンソニーの生きる世界を味わう。かと思うとネクタイをして会いに行った医者から娘が「施設に入れた方がいい」と言われるのを聞いてやはりそうかと悲しむ。

この映画は人ごとではない。娘は自分勝手な父に対して怒っているが、時おり愛情が溢れてくる。父は娘が恋人と結託して自分のアパートを盗もうとしていると怒るが、彼女がそばにいないと落ち着かない。誰もが自分の両親や祖父母のことを考えるに違いない。私は自分自身が高齢になった時のことも考えた。あのように明るく自慢し、突然怒り出すだろうなと。

途中からいったいどれが現実なのかわからなくなり、ある種のサスペンスの趣もある。認知症の老人を外側と内側を行き来しながら描く巧みな脚本にうなった。全編英語だが、監督のフロリアン・ゼレールは1979年生まれのフランス人で小説家、劇作家で最初の映画作品という。この作品は2012年に演劇としてフランスで発表され、日本でも2年前に橋爪功主演で公演があったようだ。

この作品はアカデミー賞6部門ノミネートで主演男優賞(アンソニー・ホプキンス)と脚色賞を取ったが、順当なところか。今年の受賞作はこれも含めて『ノマドランド』、『ミナリ』などメッセージ性が強い映画が並んだ。個人的には『シカゴ7裁判』にも賞が欲しかった。

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