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2021年5月 5日 (水)

5月の風に思い出す

あまり知られていないことだが、多くの大学はGWに休まず授業をしている。理由は2つで、文科省が年に30回の授業を守るように指示しており、かつ今年はオリパラでその期間(7/23-8/8、8/24-9/5)は学生がボランティア活動ができるように授業をしてはならないから。

長年新聞社にいたせいもあって、政府の言うことをそのまま聞く大学全般の体質には驚くが、それは今日は置いておく。私は休みの日に大学に行く時は、少し早く出てバスを使うことが多い。自宅前から大学そばまで1本で30分近く乗る。いつもは客の乗り降りで時間がかかるし地下鉄より「密」を感じるくらい混んでいる時もあるが、休日は客が少ないので気持ちいい。

今の時期だと、窓を開けると爽やかな5月の風が入ってくる。この風を感じると、いくつか思い出す風景がある。一つは初めて働き始めた25歳の時、勤務先が売れ残りマンションを購入して職員に安く貸していたので、5月に引っ越した時。私があてがわれたのは東西線行徳駅から歩いて15分のマンションだったが、40平米を月1万円強で貸してくれた。

ここにも既に書いたが、それまで住んでいた高田馬場のおんぼろアパートではフランス人女性のMさんと一緒だった。彼女とはうまくいかなくなっており、行徳には1人で行った。大学院を退学してひと月になるのに大学生協に引っ越しのトラックを手配してもらい、積み込みを手伝って1人で運転席に乗った。

その時の風があまりに気持ちよかった。7年もかかった大学生活からとうとう決定的に離れて、職場の手配する大きなマンションに住むのだと思うと、なにかが確実に終わったと思った。新しい自分に生まれ変わるような、そんな5月の風だった。

もう一つは2001年のGWに最初のイタリア映画祭をやった時。すべてが初めての試みだったが、おおむねうまく行って観客も大入りで監督たちも喜んで帰っていった。その後に残った先方の事務方のラファエラさんと有楽町の今はなき2階のイタリア料理店「ブオーノ・ブオーノ」で昼食をした。白ワインを飲みながら成功を祝したが、その時に開けた窓から気持ちのいい風が吹いてきた。

「イタリア年」に何かやってくれと在京のイタリア大使館に言われたのが1999年春だったから、準備に2年かかった。最初は誰と組むのかというところから始めて少しずつできあがったから、とりあえずの成功は嬉しかった。窓から見えた青葉と5月の風を今でも思い出す。

 

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