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2021年5月28日 (金)

田原桂一さんの写真に見る芸術家たち

映画史を専攻しながら、なぜか卒業間際に友人と京橋の画廊でインスタレーションの展覧会を発表した教え子がいる。彼女はその後映画会社に勤めながら二人展を定期的に開いていた。その4回目の展覧会を見に行って相変わらずの発想の奇抜さに驚いた後、銀座を歩いていたら懐かしい写真に巡り合った。

それはポーラミュージアムアネックスの「田原桂一 表現者たち ―白の美術館」のポスターで、シュルレアリスムの画家、アンドレ・マッソンの老いた顔を撮った写真が使われていた。その何かを訴えかけるような瞳に誘われて、3階のミュージアムに行った。

田原桂一さんは、2007年に国立新美術館で開催した「異邦人たちのパリ ポンピドー・センター所蔵作品展」の時にお会いしたことがあった。彼の「窓」シリーズが同センターに所蔵されていて出品されたからだが、人懐っこい笑顔の優しい方だった。

その後、彼の写真はきちんと見たことはなかったが、今回の小さな展覧会を見て声を出しそうになった。有名な芸術家たちを撮ったシリーズだったが、会ったことがあったり、好きな画家や演出家や俳優の写真ばかりだったからだ。

まず、若い頃のクリスチャン・ボルタンスキーの写真にびっくり。1979年だからたぶんまだ無名の頃で、いたずら好きの青年のような感じだった。私は2008年にインタビューをしたが、その時の巨匠然とした風貌とは全く違っていた。しかし話し出すとケラケラと笑いながら幼い頃の話をした。若い頃の写真にその笑顔を思い出した。

それからポーランドの演出家のタデウシュ・カントール。大学2年生の時に富山の利賀村の第一回国際演劇祭になぜか友人2人と出かけた私は、彼の「死の教室」を見た。たぶんあれほどの衝撃を受けた演劇はない。その時、演劇祭の軽食コーナーで見かけて素晴らしかったことを伝えた後、前日の鈴木忠志の「トロイヤの女」は見たか聞いた。「いや、見ていない。私は見に来たのではない」と睨まれた。

働き始めてから、彼が再来日し、パルコ劇場で2作品の上演があった。私は即座に2つとも予約したが、うち1つは父の急死で行くことができなかった。見たのは「芸術家よ、くたばれ」だったが、カントールの芝居はそれから私の中で父の死と結びついた。展示されていた写真は1982年だから利賀村に来た年だ。あのギョロ目が蘇った。

それからイタリアの女優、ラウラ・ベッティ。パゾリーニの『テオレマ』などに出て彼のパートナーだったが、1999年に会った時はパゾリーニ財団の理事長だった。パゾリーニ映画祭を準備していた私はローマのカヴール広場にあった財団に行ったが、彼女は「日本は検閲があるから作品は貸せない」と厳しかった。

翌日も通って何とかなりそうになったが、帰国後のやりとりで「あなたはパゾリーニを再び抹殺しようとしている」という返事が来て、貸し出してもらえなかった。写真は1987年のものだったが、濃いメイクで鏡を見る姿に、一度言い出したら聞かない彼女の雰囲気がよく出ていた。

展覧会はほかにもピーター・ブルック、ピエール・クロソウスキー、ヨゼフ・ボイスなど私が偏愛するアーティストばかり。5月30日までで、無料。

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