展覧会を見るために、水戸へ行く
普段から週に2本はスクリーンで映画を見て、同じく1度は展覧会を見る生活をしていると、それらが閉まっている都内は息苦しくなる。そこで開いている北関東に出かけようと思いたち、水戸を選んだ。フェイスブックで水戸芸術館の展覧会に行ったことを書いていた友人がいたから。
水戸芸術館現代美術ギャラリーで見たのは、今日まで開催の「3.11とアーティスト:10年目の想像」。参加作家は、加茂昂、小森はるか+瀬尾夏美、佐竹真紀子、高嶺格、ニシコ、藤井光、Don’t Follow the Wind。このうち知っていたのはドキュメンタリー『息の跡』が抜群におもしろかった小森はるか、あいちトリエンナーレの展示が強烈だった藤井光、これまであちこちで作品を見た高嶺格。
ところが彼らの作品はどれも私にはピンと来なかった。どれも映像を使った展示だが、簡単に言うと3.11をめぐる再現ドラマのように見えた。藤井光は小学生に教師が差別の実態を演じさせる。高嶺格は原発事故後の現地の人々の会話を、俳優を使って再現する。
小森はるかと瀬尾夏美は既に私が見た映画『二重のまち/交代地のうたを編む』の展覧会版で、中身は同じ。2031年を想定して書いたセリフや現地の人々の会話はいいが、映画でも感じたように4人の若者が演じている場面は苦手だった。瀬尾夏美の水彩画は映画にはなかったので見られてよかったが。
大震災や原発事故が残した痕跡を新たに再現して演じさせ、それを撮影して映像作品として見せるという行為に私は胡散臭さを感じた。アートのために災害を利用しているように見えたのは私だけだろうか。身体性を感じる舞台ならともかく、映像を使っているだけになおさらそう感じた。
加茂昂の油彩画は帰宅困難区域との境界地の光景を描く。遠くからは美しい風景に見え、近づくにつれてどこかに異常を感じ、接近すると盛り上がった絵具がくっきり見えて「この先帰宅困難区域」という看板があった。これはなかなかおもしろかった。佐竹真紀子の絵は木に描かれており、近づくとナイフで切りつけた跡があちこちに見える。これまた同じようで実は違うものになった震災後の風景だった。
そのほかは印象は薄かった。思ったより時間がかからなかったので、タクシーを飛ばして茨木県近代美術館で6月20日まで開催の「日本画の150年 明治から現代へ」を見た。茨木県には、明治時代に東京美術学校を追われた岡倉天心が日本美術院の拠点とした五浦がある。今回は岡倉と行動を共にした横山大観や下村観山、菱田春草らの絵が並んでいた。
茨木県生まれで地元で活躍した小川芋銭の絵が何点も見られたのもよかった。やはり彼の河童の絵を見ると愉快な気分になる。展覧会は後半になるとだんだんつまらなくなるが、すべて所蔵品でこれだけ揃うとはなかなかの大美術館。水戸に行ってよかった。お土産を買おうと思ったが、納豆以外に目ぼしいものがなかったけれど。
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