『マイケル・K』の奇妙な読後感
ノーベル賞作家のJ.M.クッツェーの小説はかつて『恥辱』(1999)を読んでここにも書いたが、それは主人公が大学教授で教え子の女子大生と関係を持って大学を免職になるという話に興味があったからだ。『マイケル・K』(1983)は久しぶりに本屋でうろうろした時に、文庫の表紙に書かれた紹介文に惹かれた。
「土のように優しくなればいいーー内戦の続く南アフリカ、マイケルは手押し車に病気の母親を手押し車に乗せて、騒乱のケープタウンから内陸の農場をめざす。ひそかに大地を耕し、カボチャを育てて隠れ住み、収容されたキャンプからも逃亡。どこまでも自由に生きようとする個人のすがたを描く、ノーベル賞作家の代表傑作」
読んでみると確かにその通りに違いないが、そんな甘い話ではない。とにかく主人公のマイケルは誰にも相手にされない。そして何も悪いことをしていないのにいじめられ、暴力を振るわれる。それはもちろんアパルトヘイト時代の内戦状態の南アフリカだからだが、それと共に口唇裂を持つマイケルの風貌と彼の無欲の行動がおびき寄せる。
この作品は3部構成で、Ⅰはマイケルの視点で描かれる。ケープタウンに住む庭師の彼が病院の母に会いに行き、彼女の故郷に連れて帰るが死んでしまう。マイケルは一人で自給自足の生活を始めるが、なぜか労働キャンプに入れられる。そして体が衰弱して病院へ。
Ⅰが全体の2/3くらいを占めるが、Ⅱは病院の医者の視点からマイケルの不思議な生活が語られる。Ⅲは20ページほどしかなく、再び一人になったマイケルがケープタウンに戻って生き延びてゆくさまを見せる。
ケープタウンは5年ほど前に国際会議で行ったことがあるが、この時は普通選挙で大統領になったマンデラが亡くなってすぐだった。もちろんアパルトヘイトはないが、贅沢と貧困が隣り合わせの不気味な街だった。普通の人々というのがいない。富裕層や観光客や向けの派手なレストランはあるが、行ってみるとどこも大味。カフェも映画館もなく、そもそも歩いている人があまりいない。
私が一人で散歩していると、突然貧しい身なりの男が寄って来て「ギヴ、マネー」と叫ぶことが何度かあった。その時のケープタウンにこの小説のマイケルが彷徨っていても不思議ではない気がした。
この本には時おり、心に残る文章が出てくる。「母親は子連れで仕事に出かけた。もう赤ん坊とはいえない年齢になっても連れ歩いた。冷笑や陰口に傷ついた母親は、ほかのこどもたちからその子を遠ざけておいた。来る年も来る年もマイケル・Kは毛布の上に座り、母親が他人の家の床を磨くのをながめながら、静かにしていることを覚えて行った」
始まってすぐの文章だが、マイケルと母の関係が端的に描かれている。ちなみにマイケル・KのKは最後までそのままで、まるでカフカの『城』や『審判』の主人公のようだ。今日はここまで。
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