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2021年6月 9日 (水)

髭の話

私は髭が濃い。というか眉毛も大きいし、大きく言えばクマソ、アイヌ、沖縄、ポリネシア、エスキモーに連なるような「濃い」顔である。そんなことを改めて思ったのは、先日録画したフランス語のインタビューの仮編集版を見たから。

フランス人による質問が10くらいあり、それに私が1つずつ答える形だが、私がカメラを向いて話すショットとそれをより近づいて横から撮るカメラの2つを組み合わせている。つまりは30分ちょっとのうち、私の顔が25分以上写っている。私が言及する映画のスチールを挟み込むとのことだが、それにしても20分にはなるだろう。

長々と話している自分の顔を見て一番思ったのが、顎から耳にかけて髭が青く浮かび上がっているということだった。撮影したのはフランスに合わせて夕方の5時頃だったが、私は朝から髭を剃っていなかった。いつ頃からか、髭は朝、2回剃る。朝5時頃にシャワーを浴びながら剃り、出かける前に剃りもれがないかチェックしながらもう一度。

例えば朝9時くらいになると、5時に綺麗に剃った部分さえ、少し青い髭が出る。そこにもう一度カミソリを当てる。その日は11時頃に再度剃って出かけたが、やはりそれから6時間たつと青々としていた。会社員の頃は職場にも髭剃りを置いて、夜パーティや夕食会などがあるとその前にもう一度剃っていた。

大学はそういう華やかな場はないので髭剃りは置いていないが、その日は髭剃りを買いに行ってでも、もう一度剃るべきだった。特に横からの寄りのショットは、青い髭を際立たせている。イブニングシャドーと言えばカッコいいが、私の場合は眉も濃く太いので縄文的というか「クマソ」のイメージ。

クマソ=熊襲とは、古代にヤマト王国に抵抗した熊本北部の球磨川流域の人々を指す。私の場合、父は福岡県南部、母は球磨川地区の出身なので、クマソの血を受け継いでいてもおかしくない。中央集権に反抗するなんて、いかにも私の祖先のようだ。

インタビュー映像に戻ると、私はやたらに濃い眉を動かし、眉間に皺を作る。簡単なことをいかにも難しそうな顔をしたかと思うと、突然ニコニコ顔になって微笑む。いやはや気持ち悪い。髭はともかく、もっと皺を作らず明るく話せないものか。

考えてみたら、オンライン授業で学生はこの顔をアップで毎日見ているのだ。そう考えたら急に怖くなった。せめてカメラを見ながらゆっくり語りかけようと思った。

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