『人新生の「資本論」』に考える:続き
斎藤幸平の『人新生(ひとしんせい)の「資本論」』について数日前にここに書いたのは、実は前半の1/3ほどの内容に過ぎない。その後にマルクス晩年の未発表研究ノートの精読が始まる。実は私はマルクスで最後まで読んだのは『共産党宣言』のみなので、そもそも従来のマルクス像もわかっていない。
この本には、まさに『共産党宣言』に典型的に見られる「資本主義がもたらす近代化が、最終的には人類の解放をもたらす」という楽観的な進歩史観から、マルクスが晩年にかけて大きく変化したことが書かれている。マルクスの進歩史観には「生産力至上主義」と「ヨーロッパ中心主義」があるという。
この2つを批判的にとらえるようになった過程は未発表の「研究ノート」を中心に細かく分析されているが、そこは素人にはちょっと難しい。結論を書くと「進歩史観を捨てたマルクスは、共同体の持続可能性と定常型経済の原理を、自らの変革論に取り入れることができた。その結果、コミュニズムの理論は、「生産力至上主義」とも「エコ社会主義」ともまったく違ったものに転化したのだ。それが最晩年に達した「脱成長コミュニズム」である」
では人類が地球環境を破壊しつつある現代においてどうすればいいのか。もちろん答えは簡単ではないし、この本は経済の根本原理を考えるものだから、具体的な「処方箋」があるわけではない。
それでも私にもわかる手がかりはいくつかある。資本主義は「人工的希少性」を作りながら進化する。その典型がブランド化と広告だ。人はより希少性のあるブランドを手に入れるために働き、場合によっては負債を負う。「快適な生活のために家を買ったはずなのに、負債が人間を賃金奴隷にし、その生活を破壊してゆく」
「人々は、理想の姿、夢、憧れを得ようと、モノを絶えず購入するために労働へと駆り立てられ、また消費する。その過程に終わりはない」「無意味なブランド化や広告にかかるコストはとてつもなく大きい。マーケティング産業は、食料とエネルギーに次いで世界第三の産業になっている。商品価格に占めるパッケージングの費用は10~40パーセントといわれており、化粧品の場合、商品そのものを作るよりも、三倍もの費用をかけている例もある」
この資本主義から逃れる方法として筆者は「コモン」や「アソシエーション」による「脱成長コミュニズム」を提案する。資本でも国家ではなく、人々が必要なものを共同でシェアする社会だが、この辺りは概念としてはわかっても具体的にはあまり書かれていない。とりあえず身近なところで言えば、ブランドと広告を否定してゆくことで、脱成長コミュニズムに近づくのではないかというのが、私が受け取ったメッセージだ。
水はまさに「コモン」で無料の共有財産のはずだが、私はいつも資本主義が生み出したペットボトルを飲んでいる。一方で水道料金が払えずに止められる人もいる。毎日の一つ一つを検証すると、ブランドや広告から逃れることがいかに難しいことか。
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 岩下志麻『同志として妻として』を読む(2026.08.24)
- うんざりしながら読む新書:その(1)(2026.08.01)
- 『実録!東映三角マーク宣伝部』を読む(2026.07.13)
- 『映画監督 崔洋一 映画は闘争だ!』を読む:続き(2026.07.03)
- 辻仁成からレーモン・オリヴィエへ(2026.06.17)


コメント