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2021年7月28日 (水)

還暦になって:その(6)天下りのこと

大学に移って12年たつが、一番いいと思うのは「天下り」が職場にいないことだと、ある時思った。最初に勤めた国際交流基金は、当時は理事長、専務、総務部長が外務省の天下りポストだった。常務は大蔵省と文部省、人物交流部長が文部省からの出向。そのほか天下りではないが、できて15年ほどの政府特殊法人だったので経理部長などに大蔵省からのノンキャリの転籍組がいた。

今はたぶんほとんどいないようだし、私の同世代が理事にもなっているが、当時はまさに官僚の「天下り天国」だった。理事長と理事3人は厚い絨毯の広々とした個室で秘書がつき、通勤も移動もハイヤー。私はたまたま新聞の求人を見て「中途採用」枠で運よく入ったが、最初はその人々は雲の上の人々に見えた。

1年ほどたつと、彼らの多くは困った存在だということがわかった。省庁からやってきて、自分より年上の課長や部長に意味不明の質問や命令をし、3年ほどでいなくなる。特に大蔵省は銀行や証券などほかにもっと華やかな天下り先があったせいか、小さな特殊法人に来るキャリア官僚はとんでもないハズレがいた。

それでも「プロパー」と呼んでいた普通の職員は、彼らに逆らわなかった。ヘンなことを言うと左遷人事もあったから。特に40歳を過ぎると、みんなゴマをすっていた。私の世代だと新入職員には東大や京大の修士卒までいたから、みんな悔しかったのではないか。個人的には仕事自体はおもしろかったし、若手に大きな仕事を任せてくれて楽しかった。

そこには5年半いて辞めたが、それは天下りのせいではなく、人事課との「約束不履行」が理由だった。それについて今日はくわしく書かないが、新聞社の文化企画局に誘われて転職した(正確には自分から頼んだ)。そこは役所に比べたらずいぶん自由でフラットで生き返った気がしたが、そこにも何と天下りがいた。役員も局長も部長もみんな編集局からやってきた元記者たちだった。

もちろん同じ社内だから、省庁から関係法人に来たキャリア官僚とはだいぶ違う。それに新聞社だから役人と違ってむやみに威張ることはない。それでも多くは記者を続けたかった人がわけのわからないイベント部門に追いやられた感じはあって、お互いに不幸だった。聞いてみると最近では役員も局長も部長も多くは下からの叩き上げのようだ。

基本的に「天下り」は昭和の産物で、平成になっても何とか続いていた遺物かもしれない。いずれにせよ、私が教える大学には教員にも職員にも「天下り」はいない(たぶん)。文科省や財務省からの出向などがいたらさぞ面倒くさいが、そんなことはない。大学によっては少しいるらしいが。

そんなことを考えていたら、大学院も出ていないのに新聞社から突然やってきて教授になった自分が「天下り」に近いかもと思いついて、笑ってしまった。

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