『プロミシング・ヤング・ウーマン』は、今、見るべき映画
『キネマ旬報』の7月下旬号の特集は「今こそ観たい女性たちの映画」で、この映画と『17歳の瞳に映る世界』が大きく取り上げられていた。12月の学生企画の映画祭が「ジェンダー・ギャップ」と決まった以上、教師としてはどちらも見ない訳にはいかないと劇場に足を運んだ。
女優、エメラルド・フェネルの初長編『プロミシング・ヤング・ウーマン』は、いかにも#MeToo時代の映画だ。かつて私の学生時代の親友は同じ大学の男子にレイプされた。私はそれ以降スケベな男たちを嫌がらせながら生きているが、友人の復讐の時が訪れた。今、すべてをばらす、というのだから。
#MeToo=「私も」は、かつて「私もやられた」と女たちが過去に受けた性暴力を語り始めた運動。つまり「泣き寝入り」した過去を掘り起こす。自分の持つ権力やその場の雰囲気で性暴力に加担した男たちは、「寝た子を起こす」ような動きに青ざめる。
30歳のキャシー(キャリー・マリガン)は昼間はカフェで働き、夜はバーに出かける。実はあえて男性に誘われる服装や動作をして、迫ってきた相手を最後にいじめる、という行為を繰り返している。心配する両親との会話から、彼女が医学部を中退したこと、そこには親友のニーナの自殺が関係していることがわかる。
キャシーはかつての同級生で小児科医になった男と知り合い、付き合いだす。それでハッピーエンドに向かうと思いきや、彼の口からニーナを暴行した男がもうすぐ結婚することを知る。彼女は復讐へと向けて全力で走り出す。
彼女の矛先はレイプした男やその友人たちだけでなく、「前途有望な若者の将来を閉ざすことはできない」と事件を葬った女性学部長やニーナを馬鹿にした女友達にも向かう。そしてあっと驚く結末を迎える。
全体に音楽も多く、キャシーもお洒落でわかりやすいタッチで作られているように見える。しかし、30歳であえて「可愛く」みせるお洒落の数々とキャシーの複雑な表情を見ていると、だんだん怖くなる。特に私のような「酒を飲むとバカでスケベなだけの男」にはかなり突き刺さる。どうしても自分の「恥ずかしい過去」を思い出す。
題名は「前途有望な若い女性」。その意図は言わずもがなだ。今、まさに見るべき映画だろう。
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