『アナザーラウンド』の描く酔っぱらいの世界
9月3日公開のトマス・ヴィンターベア監督『アナザーラウンド』を試写で見た。今年のアカデミー賞の国際長編映画賞(かつての外国語映画賞)を受賞しているし、何よりも飲酒がテーマの映画というので長年の酒飲みとして関心があった。
映画は、高校の歴史の教師、マーティン(マッツ・ミケルセン)と3人の同僚が昼間も酒を飲んだらどうなるかという実験をする形で進む。やる気のないマーティンの授業は生徒が話を聞いてくれず、父兄からはもっとまじめに教えて欲しいと苦情が来る。家では夜勤の多い妻とはすれ違い、2人の息子にも無視される。
同じようにさえない同僚で心理学、体育、音楽を教える3人との飲み会で、マーティンは最初は水を飲んでいた。心理学を教えるノニコライは、ノルウェーの学者の説で「血中アルコール濃度を0.05%に保つことで気分がよくなり、人生が向上する」と話し、みんなで実践することになった。
体育館にウォッカを隠したり、ペットボトルに酒を入れたりして、彼らは日中に酒を飲む。するとマーティンの授業は急に学生の心をとらえ始め、家族とはキャンプに行って以前の絆が蘇った。ほかの先生たちもそうで、体育のトミーはサッカーの試合でいつも邪魔者だった生徒に大活躍をさせてしまう。
4人は調子に乗ってアルコール濃度を0.12%に上げる。最初はマーティンの授業はうまくいくが、だんだん泥酔状態になって4人はただの酔っ払いになってゆき、家族に大きな迷惑をかけ始める。
最初は見ていて、そりゃ当たり前だろうと思った。飲めば瞬間的に調子はよくなるが、長続きはしない。ましてや昼間に飲み始めたらいわゆるアル中になるだけだろうと。この映画がうまいところは、それからの展開である。彼らはどうにか立ち直ろうとするが、大きな悲劇も起きる。だが乗せられて勉強した高校生たちは無事希望大学に合格して卒業してゆく。
見終わるとマーティンたちが愛おしく感じるから不思議な映画だ。たぶん4人を始めとして登場人物の描写が実に細やかだからだろう。最後にマーティンが路上で躍って生徒たちが盛り上がるシーンなど忘れがたい。
もう一つ思ったのは、出てくる人々が教師も生徒も父兄もみんなデンマーク人ということを自覚していることだ。マーティンの妻は「この国の男は飲んだくればかり」と言うし、高校生たちは卒業式で国歌を歌い、国旗を振り回す。デンマークの哲学者、キルケゴールの言葉も出てくる。
プレス資料を読むと、現場では酒はNGで酔った姿はすべて演技だという。当たり前だろうが、見ていると本当に酔っているとしか思えない。最近はアル中から立ち直る映画は日本でも何本かあるが、酒のいい面や楽しさを正面から見せるこんな映画もあっていい。
それにしても、外食での酒が禁じられている今の日本は、かつてのアメリカの禁酒法時代のようだ。酒が悪者になり過ぎている。この映画が封切られる9月初旬には、お店で大っぴらにお酒を飲めるようになっていることを切に願う。
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