それでも日本人は「オリンピック」を選んだ:その(1)
直前まで中止になるかもと思っていたが、昨晩オリンピックの開会式があった。どの世論調査でも反対か延期が国民の6,7割で、さらに「緊急事態宣言」となって新型コロナの感染者はこれまでの最大に近づいている中の「強行突破」だった。
私はもともとスポーツを見ない。自分が泳いだりラジオ体操をするのは好きだが、他人がやるスポーツに興味はない。昔から高校野球は親の仇だと思っていたし、オリンピックは地球規模の環境破壊にしか思えない。
だからコロナ禍がなくてもオリンピックは東京でやって欲しくなかった。ましてや安倍前首相が「復興五輪」とか「人類がコロナを克服したあかし」などと言うたびに盛り下がった。今度はオリパラが終わったらその勢いで衆議院を解散して総選挙をやるつもりというから、開いた口が塞がらない。
昨日、昼ご飯を食べに自宅近くをうろついたら、みんなスマホを持って空を見ている。私は宇宙船でも来たのかと思ったが、「ブルーインパルス」という声が聞こえた。自衛隊機が五輪のマークのカラーの煙を出すやつだとわかった。そんなものを嬉々としてスマホに収める人々を見て、本当に呆れた。
開会式はいろいろゴタゴタがあったので、どういう演出になるか見ようと思っていた。しかし酒を飲んでいるうちに忘れてしまい、気がついたのは9時頃。テレビを捻ると間の抜けた感じの入場行進をやっていた。一番驚いたのはアイウエオ順だったこと。アナウンスは英語、仏語、日本語の順だが。
5分も見ると飽きてやめたが、気になったのは無観客の代わりにお化けのような恰好をしたボランティアたちが選手団の両脇に並び、異様な明るさで体をくねらせていたこと。これはかなり恥ずかしかった。無観客で距離を取っての行進だから、こんな健気な盛り上げはない方がシンプルでよかった。
今朝、ニュースで開会式を10分ほどのダイジェスト映像で見た。演出としてはそれほど悪くない気がしたが、やはり全体に集団の「ダンス」が基本にあるのが不思議だった。私の教える大学にもダンスサークルがいくつもあって、夕方になるとあちこちで踊っている。日本人は意味もなくダンスをする国民になったのだろうか。
日本の代表団は、地方のヤンキーが似合わない服を着せられてはしゃいでいるようで、これも恥ずかしかった。外国の選手団の方がもっと落ち着いて毅然としていた。
あとは体の動かない長嶋茂雄が松井秀喜に支えられながら聖火の灯火に参加していたのに、胸をつかれた。横には王貞治がいた。外国人には全く意味を持たないだろうが、私のような「昭和」世代にはグッと来た。しかし私はナチスドイツがベルリン・オリンピックで始めた聖火リレーというもの自体が怪しいといつも思う。
そんなこんなでオリンピックは始まってしまった。
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コメント
子どもたちを深夜に渡って稼働させ、長嶋さんと王さんを担ぎ出した聖火の灯火演出でこのオリンピックは「昭和」の人たちにしか目を向けられていないんだなと思いました。
開会式前のゴタゴタといい、オリンピックを巡る政府の皆様の発言といい「多様性と調和」という言葉が聞いて呆れます。
アスリートの人たちには頑張ってほしいですが、極力目を触れないようにこの夏を過ごそうと思います。
投稿: 伊藤希紗 | 2021年7月25日 (日) 17時32分